24. 憧れの相手

 ☆ ☆



 私は石造りの道をあてもなく歩いていた。

 身につけていた黒っぽいローブと、いつもより低い目線が、自分が今夢を見ていることを物語っていた。


(またこの夢だ……)


 久しく見ていなかったが、これは私が魔法学校を追放された日の夢。数年前まではよく見ていた夢だった。もちろんこの後の展開も、結末までちゃんと分かる。


 私の歩き方にどこか元気がないのは、今さっき追放を言い渡されたからだ。故郷に帰るわけにはいかず、かといって他に行くあてもなくとぼとぼと歩いていると、強い魔力を感じた。

 これは転移魔法だ。高位の闇魔法である転移魔法を使える魔導士は数少なく、私の知り合いには一人しかいない。


 案の定、私の目の前には闇の魔力をまとって黒髪の少年が現れた。背は私よりもかなり高く、黒く長い髪は後ろで縛り背中へ垂らしている。黒いローブを身につけているのでかなり地味な出で立ちだったが、その瞳だけは野心的にギラついていた。──13歳のライムントだ。


 ライムントは私に向かって微笑む。幼さの残るいたずらっぽい笑みだ。大人からしてみると愛らしさすら覚えるような表情だが、齢13歳のひよっこであった私からしてみると、いじめっ子に見つかったかのように、背筋を悪寒が駆け巡った。


「よぉ、ティナちゃん。どこいくんだぁ?」

「どっかに……」


 消え入るような小声で私が答えると、ライムントはヒヒヒッと例の耳障りな笑い声を上げた。



「聞いたぞぉ? ティナちゃん、魔法学校を追放になったんだってぇ? ──てことはさ、ここでティナちゃんを始末しても誰にも咎められないってことじゃんねぇ?」


 魔法学校に在籍している魔導士は、将来優秀な冒険者となる逸材であるため、傷つけた者は冒険者ギルドから追われることになるのだが、追放が決まった私に関してはその限りではない。ライムントの意図を察した私は手足が痺れるような、嫌な緊張感をおぼえた。


「僕はねぇ……いつか最強の魔導士になりたいんだ。そのために、障害になりそうな種は早めに摘み取る。出来損ないでも『七天』なんて呼ばれているティナちゃんは邪魔なんだよねぇ……?」

「私に……何する気?」


 聞かなくてもわかっていた。それでも聞かざるを得なかった。心のどこかでは、ライムントが首を振って否定してくれることを祈っていたのかもしれない。

 ライムントはその場で左右に首を倒すと、左手で髪の毛を無造作にかき混ぜた。



「んー? ごめんねぇ? ティナちゃんには恨みはないんだけどさぁ……ちょっと殺されてくれない? 僕が仕留める記念すべき初の魔導士として……ね!」

「──っ!? やめて!」


 突如として前方から襲いかかってきた闇の魔力をまとった黒い槍、私は反射的にそれに向かって手を伸ばす。手のひらに感じた禍々しい魔力を掴みとると、その魔力を変換する。


(闇から……炎!)


 ボオッ! と火柱が立ち上り、衝撃でライムントは大きく吹き飛んだ。


「あっ、あぁぁぁぁぁぁなんだよこれはぁぁぁぁぁっ!?」


 悲鳴を上げながら、燃え盛るローブをバタバタと振って消火しようとするライムント。私も咄嗟のことに動転して、どうしたらいいか分からなくなってしまった。ただ、ライムントが火を消した後私を殺しにくるということははっきりと分かった。


(トドメをささないと……!)


 私は地面でのたうち回っているライムントにゆっくりと歩み寄ると、彼に手のひらを向ける。身体に残っている魔力を炎として吐き出せば、こいつを仕留めることが出来る。やるしかない。そう心に決めた。


「仕掛けてきたのはそっちなんだから……私は悪くないからね!」


 身体に残った魔力で炎の剣を生み出した私。正確にトドメをさすべく、狙いを定めて剣を振り下ろした。

 だが、その剣は何者かによって防がれた。


「やれやれ、喧嘩するならせめて王都の外でやってくれないか?」


 私の剣は確かに何かを貫いていた。──目の前に割り込んできた金髪の少年の左腕を。


「ユリアーヌスくん!」

「邪魔するなユリアーヌス!」


 私とライムントは同時に叫んだ。金髪の少年──ユリアーヌスはふっと笑みを浮かべると、燃え盛るライムントへと右手を向ける。ユリアーヌスの右手から溢れた光は炎を静かに消し去った。


「そこまでだ二人とも。この勝負、俺に預けてくれないか? 今の状況、かなりマズイって分かってんのか?」


 確かに、このままライムントを殺してしまえば、私は冒険者ギルドに命を狙われることになってしまうだろう。私は自分がしようとしていたことの恐ろしさに気づいて震えが止まらなくなった。


「なんだとこの野郎! このまま負けたまんまで終われねぇよぉ!」

「だから、お預けだって言ってんの。引き分けだ引き分け。ライムントは怪我せずに済むし、ティナは冒険者ギルドから目をつけられなくて済む」


「……チッ! いつか殺してやるよぉ! ティナちゃんも、ユリアーヌスもなぁ!」

「あー、はいはい勝手にしてくれ。でも魔法学校に在学中はよしてくれよ? 俺もまだ手加減の仕方を知らなくてね」

「……ナメやがってクソがぁ!」


 ライムントは捨て台詞を吐くと、再び転移魔法で去っていった。彼が放った闇の魔力の残滓が消滅すると、この場には私と、私が炎の剣で刺しているユリアーヌスのみが残された。



「で、いい加減痛いんだけど……」

「あっ、ごめんなさい!」


 私は慌てて炎の剣を引き抜く。ユリアーヌスは落ち着き払って、傷ついた右腕を左手で摩った。……それだけで、彼の腕についた傷は綺麗に塞がってしまった。


(すごい、強力な光魔法だ……)


 闇魔法が破壊と絶望を司るのだとすれば、光魔法は再生と希望。故に治癒魔法は光魔法にあたる。治療が済むとユリアーヌスは私に向かってにっこりと笑った。彼の金髪に縁どられて、まるで太陽のような笑顔だった。


「悪かったな、いろいろと。──ティナはきっと、魔導士以外にもいくらでも向いている仕事があるさ。またどこかで会えることを祈っている。──だから、それまでは……」


 ユリアーヌスは私に背を向け、一言「死ぬなよ」と付け加え歩き去っていった。



「え、えっと……」


 ユリアーヌスと七天の中でも特に仲が良く、と同時に強い彼に憧れの感情を抱いていた。そして彼との別れは……私の胸に微かにチクチクとした痛みをもたらしていた。それは、冒険者になれなかったからではない。きっと──


 私は──彼に──

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