10. 男性にも大人気! スタミナ料理!

 完全にスイッチが入った私は、傍観しているユリウスに声をかけた。


「……で、食材はどこですか?」

「食材?」

「──はぁ?」


 私は広さだけは立派な作業台を叩いて苛立ちをあらわにした。するとドンッ! と思ったより何倍も大きな音がして、叩いた私が一番びっくりしてその場で飛び跳ねてしまった。


「……何がしたいんだお前は?」


 呆れた表情のユリウスを、恥ずかしさを誤魔化すように怒鳴りつける。


「食材がないのに料理できるわけないでしょう! バカにしてるんですか!?」

「メス。お前はプロの料理人なのだろう? それくらいなんとかしろ」

「さすがに私でも無から有を生み出すことはできません!」


 今度は私が呆れる番だった。この領主様、料理人を魔導士の一種だとでも思っているのだろうか? 世間知らずも甚だしい。

 すると、ユリウスの隣でソワソワしていたウーリが「あの、それはさすがに意地悪が過ぎるかと……」とユリウスの耳元で囁き、ユリウスはため息をついた。


「はぁ……そうだな。悪い。──おいお前ら、このメスのために城の食料庫から食材を運び込んでやってくれ。そうだな──ガッツリ食べたい気分だから、特産のヘルマー牛を持ってこい!」

「「はいっ! 喜んで!」」


 ユリウスの指示で筋肉マッチョ達は蜘蛛の子を散らすように食材を探しに行ってしまった。



「──ヘルマー牛って何ですか?」


 私はこの場に残ったユリウスに疑問をぶつける。するとユリウスは「よくぞ聞いてくれた」といった表情で得意げに話し始めた。


「うむ。このヘルマー領は良質な土壌から発育の良い牧草が育つ。それを食べて育った牛をさらに厳選し、選びに選び抜いた至高の牛が『ヘルマー牛』だ。──まあ市場には出回ってないからメスが知らないのも仕方ないがな」

「……つまりブランドではないと」

「まだな。しかし味はマツサカ牛やコウベ牛、ヨネザワ牛と比較しても引けを取らないと思っている」

「へぇ……」


 ユリウスが挙げたマツサカ牛やコウベ牛はブランド牛の中でも特に美味く、高級品だった。それに匹敵するとなると、もし売りに出せばかなりの値段がつくはずである。そのためにはまずはブランド牛だと認定される必要があるので、王都で指定されたオーディションを勝ち抜いて……。


(まあユリウス様がホラ吹いてる可能性もあるからなんとも言えないけど)



 そうこうしているうちに、筋肉マッチョがたくさんの食材をそれぞれ木のトレーに満載して持ってきた。パッと見た限りでは、牛肉の薄切りと野菜、そして米や卵、色々なものがある。

 だが、ウーリはユリウスに頭を下げた。


「すみません、牛肉はもうもも肉の薄切りしかありませんでした」

「なんだと!? 俺はステーキが食いたいんだが」

「ステーキは昨日食べたじゃないですか……肉は日持ちしないんですよ……」


 領主様はかなりわがままなのかもしれない。筋肉マッチョたちは困り果てていたが、どこか慣れた様子であしらっている感じもある。


「そういうことならほら……あの、あいつ……」

「ミリアム様ですか?」

「うむ。ミリアムに魔法を使って冷凍してもらおう」

「また怒りますよミリアム様……『わたくしを冷凍庫代わりにして……ユリウス様のバカ!』って……」

「やめろ。真似をするな」


 ユリウスとそんなことを話しながら、ウーリたち筋肉マッチョは私の前に食材を積み上げていく。


「水もお願いします」

「「はいっ! 喜んで!」」


 私の声にまた数人の男たちが駆け出す。ユリウスは私が男たちに指示を出しているのが面白くないようだったが、とりあえず無視して私は食材を物色した。


 まずはヘルマー牛のもも肉薄切り。赤身の発色がよく、脂身は少なめ。確かにこれならかなりの味が期待できそうだ。

 そして、なんと野菜や米も料理人の私が見ても驚くほど品質が良さそうだった。ユリウスが言っていた、ヘルマー領の土壌が豊かというのは本当なのかもしれない。


(スタミナ料理が食べたいって言っていたから……肉とお米は外せないよね? どうせなら……)


「──よーし、レシピが降ってきた!」


 男たちが持ってきてくれた木のバケツに入った水を使って、たっぷりの米を洗い、そこら辺に放置されていた釜に水と一緒に入れる。


(水位は人差し指の第1関節くらい。でも少し少なめでいいかも)


 火をおこして釜をかける。米が炊けるのを待っている間に他の食材の下処理。肉を食べやすいサイズに手でちぎり、野菜の山の中から取り出したのは細長い野菜。先端は緑色で根元は白色、『ネギ』という野菜だ。このネギも緑色が鮮やかで立派なものだった。

 それをそこら辺に転がっていた木の板に乗せ、麻袋から取り出した自前の包丁で斜めに刻んでいく。


 トントントントン──


 規則的な音が厨房に響いて、あっという間に板の上に刻まれたネギが二本分出来上がった。


「おい、早くしろ。俺は腹減ってるんだ」

「うるさいですね! すぐにはできませんよ!」


 急かすユリウスに舌打ちしながら、次に取り出したのは白い小さな野菜。

 皮をむくと中には小分けに四つほどのさらに小さな物体が入っている。この野菜は『ニンニク』という。独特の匂いが食欲を掻き立てる、スタミナ料理といえばこれといった野菜だ。ニンニクは匂いが強いので丸々一個は使わない。四つの実のうちの三つくらいで十分だ。

 これはみじん切りにしていく。包丁で細かく、できるだけ細かくしていくことで香りが広がりやすくなるのだ。


 ネギやニンニクは、肉の臭みを消すための食材。これによって美味い肉が更に美味しくなるはず。



 そしていよいよメインイベント。1番大きな中華鍋を火にかけると、麻袋の中から取り出した油を温める。油は油でも、『ゴマ』という植物からとれたごま油。香りがいいのが特徴だ。そしてこれがニンニクやネギと絶妙にマッチするのである。


 ごま油が温まったらニンニクを加えて炒める。あっという間に厨房には美味しそうな匂いが広がった。見物しているユリウスたちの顔にも期待の色が浮かんでくる。


(ふっ、今に見ていなさい。もっと美味しそうな匂いがするんだから!)


 ニンニクに色がついたらすかさずネギを投下。そしてしばらく炒めたら主役の牛肉を投下して炒めていく。抱えられないほどの大鍋を振るうのは大変なので、これもそこら辺に落ちていた巨大な木べらでかき混ぜていく。


 ジューッ! という肉の焼ける音と共に、厨房に広がる。私たちはそれをめいいっぱい堪能することになった。


 そうこうしているうちに炊き上がったお米。それを思いっきり中華鍋にぶち込む。


「えぇぇぇぇいっ!」

「!?」


 観衆が息を飲むのが分かった。まさかお米を鍋にそのまま入れるとは! とでも思ったのだろう。

 油、ニンニク、ネギ、肉、そして米が入った鍋に、麻袋から取り出した調味料のソイソース、塩、コショウ、ゲーレ共和国から仕入れている『鶏ガラスープ』を煮詰めた粉末を加えて味をつけていく。


 そして混ぜながら焼いていくこと数分。ついに料理が完成した。


 私は調理道具の山の中から六人分の皿を掘り出すと、料理を盛り付けて六人の前に置いていく。

 ユリウスは、湯気といい香りを放つ見たこともない料理に目を丸くしていた。


「これは……?」

「『牛肉チャーハン』です! スタミナ満点、男性にも大人気の料理ですよ!」

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