第49話 “私”は私を思う

“私”は私が嫌いだ。いつも何かを我慢して、耐えていればなんとかなると信じようとする私が嫌いだ。それでいて“私”が忠告していたのにも関わらず、あの“クソたち”の元から離れようとはしなかった私。

 何度も何度も忠告しても『大丈夫だから』しか言わない。大丈夫じゃないのがダイレクトに“私”に伝わってきてるから忠告していたというのに。

 大丈夫と呟くたびに“黒いもの”が私の中に蓄積されていくのが分かっていたから、めげずに忠告していたというのに。


 それが、全部壊れてしまった。

 全部、見事に、綺麗さっぱり。

“黒いもの”が“私”諸共、私の心を覆い尽くす。

 ───壊シタイ、ナニモカモ。グチャグチャニ!

 直接心に響き渡る叫びは、私が見過ごしてきた、意識的に見ないようにしてた声の集合体から出たものだった。

 何年も何年も溜め込まれた“憎悪”がとうとう爆発したのだ。



 いつかこういう日が来る事は分かっていた。分かっていたから必死に私に声を掛けていた。

 少しでも我慢しなくなる環境になれば、“憎悪”が解消はされなくとも蓄積はされないだろうと思っていた。

 だから昨日、私があの“クソたち”の元から離れてくれたのは嬉しかった。そして運良く、詩織さんにデパートの入り口で縮こまっているところを心優しく拾ってもらえた。


 詩織さんはあの“クソたち”とは大違いだった。比べるのもすら失礼に思えるほどに。

 今までとの生活感のギャップに苦しみ戸惑っていたけれども、その度に詩織さんは私を励まし、労ってくれた。安らぎを与えてくれた。

 それでも、“憎悪”は消え去りはせず、収まりもせず、そのまま居座り続けていた。むしろ、自分への“憎悪”で蓄積されていくのが分かった。詩織さんを困らせる自分への“憎悪”。それは今までのものよりも、大きなものだった。


 そして、その“憎悪”が爆発する時が来てしまった。しかも一日に二回も。

 どちらも私にはどうする事は出来なかった。出来ようがなかった。声が届かないのだから。“私”の声では“黒い”私を止められる事は出来なかった。

 けれど、私たちは運が良かった。二度も身を呈して、私を止めてくれる人に巡り会えたのだから。


「うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

 私はずっと虚空に向かって謝り続けていた。詩織さんがいない空間でずっと。


「今から“彼”をどっかに置いてくるから、ちょっとだけ……待っててね?」

 そう言って詩織さんは私が気絶させた男性を抱えて外へと出ていった。もちろん、足元の近くにあった袋を忘れずに。


 それから、私は喉が乾けど、足が痺れど、ずっと謝り続けていた。


『詩織さんが離れてく。嫌だ嫌だ嫌だ! もう一人になりたくない!! 私を置いてかないで! お願い、私をもう一人にしないで!』

 悲痛な叫びが“私”にまで届く。しかし、それと同時に

『これ以上詩織さんを困らせたくない……。私がいたらきっとまた迷惑を掛けてしまう……。そんな事絶対にしたくない……』

 と悲観的な呟きも届く。


 その結果が、玄関で詩織さんの帰りを待ちながら何度も何度も頭を下げ続ける今の私である。

 声は枯れ、暴れたからか、せっかく綺麗にしてもらった髪の毛も埃を被る。そしてそんな自分を自覚する度に心が廃れていくのがわかる。詩織さんに出会えて、少しずつ綺麗になっていた心がまた前のように廃れていく。




 ───お願いします、詩織さん。どうか私を救って下さい。“私”ではやっぱり限界のようです。


 そう願いながら“私”は私の心の奥で眠りにつくことにした。私にとって“私”が再び必要になる日が来る、その日まで。

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