第80話 幕引き
違う――と言われればその通りだ。
人間と『あやかし』の誕生するメカニズムは違うはずだ。しかしながら、それをどう捉えるかは当事者かそうでないかでまた話が違ってくる。
そのメカニズムをどう解釈すれば良いのか、って話になったら、それはそれで解釈しようがないのだけれど。
『……いずれにせよ、人間と「あやかし」では価値観が違う。そうであるならば、我々は必ず衝突しなければならないのですよ。お分かりになりますか?』
「そのために、妹を犠牲にした……と?」
誰も質問していないようなら、ぼくがしてやる。
というか、当事者たるぼくが質問しないで誰が質問するんだ――という話にもなってしまうのだけれど。
我が賢妹、舞はどうした?
SNSの猿の手とやらの犠牲に遭ってしまったのなら……、まさか最悪の可能性も考えなくてはならないのか?
『それについては、少しばかり訂正した方が良いでしょうね。……我々「百鬼夜行」は何も人間を消失させようなどと思ってはいませんよ。もっと、有効な手段があるじゃないですか。あなたみたいに……』
「何だと?」
「――『あやかし』を認知させるつもりか、大多数の庶民に」
十六夜さんの言葉を聞いて、ぼくは脳をフル回転させる。
この国に住んでいる一億二千万人の人間のうち、いったいどれぐらいの人間がオカルトを信じているか……と言われると、きちんと統計を出したことはないだろうけれど、多分過半数ではないと思う。それどころか、せいぜい三割ぐらいになるのが関の山という感じすらある。
それぐらいに、この国においてのオカルトは衰退していると言っても過言ではない。
『世界を含め、オカルトを信じていない人間はどれぐらい居るでしょうか。その人間全て……とまでは行かなくとも、先ずはこの国の全ての人間がオカルトを――「あやかし」を認知するようになれば、多少は良くなるとは思いませんか?』
「そんなこと……、出来るはずがないだろう!」
言ったのは六実さんだった。
六実さんは警察官として――国側の立場として、反対しているようだった。
「そんなことをして何になる! 『あやかし』を全国民が認知出来るようになってしまったら、その先に生まれるのは混沌しかない。そうなったら、この国はどちらに傾くか……」
『そんなことはどうだって良いのですよ』
はっきりと。
ばっさりと、切り捨てた。
『どうだって良い――どうだって良い、は言い過ぎかもしれませんけれど、少なくとも関係ないのは間違いありませんね。我々百鬼夜行が考えている計画、その第一段階として……「あやかし」を認知させること。それが一番の目標なのですから』
それが。
それが、何だって言うんだ。
「……そのために、妹は犠牲になったのかよ」
『……だから言っておきますけれど、あなたの妹は別に死んでなどいませんよ? もしかしたら、記憶は失っているかもしれませんけれど』
三度、呼吸が止まる。
「…………何だって?」
『耳が遠いようですから、もう一度言ってあげましょうか。今あなたの妹はここには居ません。それだけは言っておきましょうか。しかし、それはあくまでも無作為に狙った訳ではなくて……、単なる偶然です。もっと言ってしまえば、運が悪かっただけのことなんですから』
運が悪い?
それだけのことで舞は犠牲になったのかよ。
「……まさか、ジョンさんにもあった体質が妹さんにも?」
しばらく無言を貫いていた六花は、目を丸くして少女の声に問いかけた。
体質……体質って何だったっけ?
「ほら、忘れてもらっては困りますよ。あなたが『開かずの605号室』という『あやかし』に触れてしまったことで、『あやかし』を認知出来るようになりましたよね? そして、その体質は本来であれば一緒に居た……誰でしたっけ?」
「城崎な」
最近登場していないから、きっと読者も忘れているだろうけれど。
「そうそう、その城崎さんにも出るはずの体質が出ないで、全てジョンさん……あなたに引き継がれた。これって、当たり前のように思っているかもしれませんけれど、有り得ないんですよ? まあ、もしかしたら偶然なんじゃないかなんて思っていたのですけれど……。あー、妹さんもその体質だったのは盲点でした」
「何処で知った?」
十六夜さんはトーンを下げて、訊ねた。
『……最初に知ったのは、勿論『猿の手』の候補者捜しの時でした。でも、まさかこんな体質の人間が居るなんて思いもしませんでしたよ。名字だって、陰陽九家のものでもありませんし、呪術師の家系でもなさそうでした。にもかかわらず、どうして……と』
「突然変異――だな」
十六夜さんは告げた。
「突然変異……」
「確かに、『あやかし』に強い体質も居るんだよ。でもその九十九パーセントは血によって受け継がれる。淘汰されることなく今も残っているその家系こそが、陰陽九家だ。尤も、陰陽九家も衰退の一途を辿っているし、何処かで何か新しい血を入れる必要があるのかもしれないのだが……」
「突然変異って、要するに今までは関係なかったのに急に……ってことですよね?」
十六夜さんの話は、何処か掴みづらい話であることは間違いなかった。
このまま話し続けたら本題に辿り着くまでどれぐらいの時間を有するのだろう――などと思ってしまうので、アシストしてあげなくてはならないと思っていた。
それが、今だった。
「……そうだ。突然変異はな、文字通りいきなり出現する。だからこそ予測出来ないんだ。遺伝子がそこだけ変わってしまったのかもしれないし、もしかしたら別の外的要因が備わっていたのかもしれない。いずれにせよ、その存在というのは『あやかし』にとっても呪術師にとっても腫れ物のような扱いをせざるを得ないんだ」
「腫れ物?」
別に呪術師としての才能? があるならばそれを開花させてやれば良いと思うのだけれど、そこまで都合の良い解釈は出来ないものなのだろうか。
「……一応言っておくと、突然変異は使い道が簡単に判別しづらい。何故なら、危ういからだ。呪術師の家系の人間ならば、その危うさもどれぐらいであるか判別もつくし、コントロールも出来る。しかしながら、突然変異で出現したとなると……、そのコントロールは愚か、自分の特性について大して理解出来ていない、という状態に陥ってしまう訳。だから、こちらとしてはこちら側に入れたくはないのだよね」
……何というか、呪術師にも事情があるんだな。
『――だから、人間は脆いのですよ。脆くて、そして危うい。だからこそ取り入る隙もある訳ではありますけれど……、しかしながら、それがどう転がるかは我々にも分からない。けれども、味方は増やしておきたい』
「それとこれとは話が別だと思うけれどね。そのために、一般人をそちら側に取り込んだのかい?」
『だとしたらどうだと言うのですか? 人間をこちら側に取り込むためにはそれが一番なのですよ。……それぐらい、あなたにだって分かりきっている話だと思っていましたが』
「あんたと一緒にして欲しくないね。……『百鬼夜行』みたく、いつも逃げ道を探している訳じゃあないのさ」
『――時間のようですね』
唐突だった。
その言葉と同時に、絡新婦はぼく達に何かを吹きかけた。
それは、蜘蛛の糸のようだった。
蜘蛛の糸は、粘ついているイメージがあったけれど、身体に纏わり付くことはあっても、それがくっついて離れないなどと言ったことはなかった。
そして、それが直ぐに目眩ましであることに気づかされる。
「……くそっ!」
ぼくがようやく蜘蛛の糸を解いた時、既に十六夜さんは蜘蛛の糸を外し終えて、舌打ちをしていた。
そこに広がっていたのは、普通の我が家だった。
何の変哲もない我が家だった。
ただ一人、舞の消失を除いて。
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