第79話 絡新婦

「絡新婦は女性に化けて人々を喰らう蜘蛛だったはずだが……、こいつはちょっとグレードが低いのかもしれないな?」


 絡新婦、と言われると百鬼夜行シリーズを思い出すのはぼくだけだろうか――あの煉瓦みたいな本のことだ。ノベルスという判型であるにも関わらず、幅が四センチにもなるという代物だ。ページ数も千ページは軽く超えてしまうぐらいで、アコーディオンのように持っている姿だって目撃されたりされなかったり――で、その絡新婦は普通はどういう姿をしているんだ?


「簡単に言えば、普段は蜘蛛の姿をしているんだが、人間を騙す時は女性の姿をしているものだよ。中国だって、狐が化けて国に取り繕う……なんてものもあるし、案外人間というのは騙されやすい生き物なのかもしれないね。ま、それはそれとして……」

「……いつまでくだらねえ話をぴーちくぱーちくしてるものなのかね?」


 思った以上に、絡新婦は人間っぽい喋り方をしていた。

 というか、モロ人間じゃん……。


「妖怪に何を期待しているのか分からないけれど、一先ず一言だけ言うならば……、そんなんじゃこの先やっていけないよ?」


 それを妖怪に言われましても。


「……百鬼夜行はいったい何をしようとしている?」


 そんな中でも真面目なトーンで話すのは十六夜さんだった。

 いや、当然真面目でなくてはならないのだけれど。


「この国は……いや、この世界は人間に支配されて随分と長い年月が経過してる。それについては、人間であるあんた達が良く知ってることだろう? 人間はこの世界で様々な物を生み出した。最初は火から始まり、狩猟、戦争、蒸気機関……そして最後に生みだした物こそが、ロボットだ。最後の最後に人間は、自分とそっくりのレプリカを作り上げた。妖怪など、誰も信じようとしなくなった……」


 絡新婦は、白いワンピースに手を当てる。


「求めているのは、妖怪の再興か?」

「……妖怪の再興、ねえ」


 絡新婦はケタケタと笑って、やがて呟いた。


「――?」

「――っ! 不味い、まさか時間稼ぎをしていたのかっ……!」


 気がつくと周囲には蜘蛛の糸が張り巡らされていた。

 それこそ、まるで蜘蛛の巣のごとく。

 しゅるしゅるしゅる……と、辺りを囲っていくように蜘蛛の糸が張り巡らされている。


「はっはっはっ、遅いねえ。遅いよ、呪術師というのはこんなに遅い生き物だったかねえ……。いずれにせよ……どうやらあっさりとクリア出来そうだ。呪術師は強いと聞いていたが、これならば――」

「誰が、弱いって?」


 一気に空気が冷え切ったような感覚があった。

 バチン、バチバチバチ! と静電気が弾けるような音が響き渡る。

 まるで、失われていたピースが嵌まっていくかのごとく。


「……な、何をした!」

「いやあ、簡単に……こうもあっさりと嵌まってしまうだなんて。絡新婦って、妖怪のカテゴリではまあまあ上位だったはずなのだけれど、呪術師との戦闘のことをすっかりと忘れてしまったのかな? だとしたら、ラッキーではあったよね。こちらの作戦にまんまと引っかかってくれるんだから」


 十六夜さんは歌うように話を続ける。


「蜘蛛の糸を結界のように扱う。それが絡新婦の特徴だ。それさえ分かっていれば、それを応用すれば良いのは誰にだって分かる話だよね? 絡新婦が作った結界を利用して、の結界を作り上げてしまう……。簡単に言えばそんなところかな?」


 結界を作り替える。

 簡単には言っているけれど、それってどれぐらい難しいことなのかな? 多分出来ないことではないのだろうけれど、それを術者に気づかれることなく実行することの難しさと言ったら、あまり考えられないような……。やはり、そこは術者――この場合呪術師? の腕の見せ所とも言えるだろうか。


「はは……はははっ! 伊達に陰陽九家の人間ではないということか!」

「おや? そこまで分かっているならば、どうしてここまで『手抜き』をしたのか教えてもらいたいところだね。これじゃあまるで――」

『――「実力を測ってる」ようじゃないか、と言いたげですね?』


 空中から、声が聞こえた。

 その声は、凜と透き通っていた声で、落ち着いているようにも聞こえる。

 しかし、それは直ぐに判明する。

 答えは、蜘蛛の糸に引っかかっているように見える蜘蛛――のような機械だった。


「……妖怪も今はロボットを使う時代なのかな?」

『少しは科学技術を取り込んでる、と言えば良いでしょうか。正確には依り代の進化系ではありますけど。ところで……、あなたとははじめましてで宜しかったでしょうか? 九重十六夜さん』

「……あんたが、百鬼夜行のリーダーか」

『いかにも。わたしこそが百鬼夜行のリーダーを務めます。そうですね、仮に名前を……、Zとでも言ってあげましょうか。妖怪は名前を明らかにしてしまうと、その後の対策が簡単に出来てしまうから、言えないのですよ。それぐらいはあなたも重々承知してるはずですが――』

「いや、座敷童だろ。それぐらい知っているよ」

『――――――――――――、』


 無音がしばらく続く。

 やがて、一つ咳払いをすると、話を続けた。


『そ、それは仮説として受け取っておきましょう。わたしが座敷童だと認めなければ、それは座敷童ではないのですから。差し詰め、「シュレーディンガーの座敷童」とでも言えば良いでしょう。存在してるかしてないかは、実際に開けてみないと分からないのですよ』

「上手いことを言っているようで、実は何一つ言っていないことを教えてあげようか?」

『――余裕な態度を見せているようですが、それもいつまで続くでしょうね』

「リーダーたるあんたが出てこないってことは、この『あやかし』は失敗か?」

『どうでしょうね? 尤も、我々は未だ種を植えてる段階に過ぎません。そして、あなた達はその種を掘り起こす……言うならば害獣ですよ』

「そうかな。あたしから言わせてみるとそちらの方が害獣に見えるけれど? 実際、人間が世界を支配していたとして、何か不都合があるかな?」


 言葉だけの戦い――舌戦とはこのことを言うのだろうか。ただ、普通は相手の視線や表情を見てそれを判断材料にするのだろうが、通信――で良いのだろうか――での舌戦だとそれが封じられてしまう。


「……『あやかし』を作ることでどんなメリットがあるんだ?」


 ぼくは、唐突にそんなことを呟いた。

 それは、単純な疑問でもあった。


『――そういえばあなたはただの一般人でしたか。しかしながら、「あやかし」に触れてしまったことでその性質を見ることが出来るようになった……と。確かそう聞いてますね。ということは、あなたは「あやかし」については全くのド素人。それは間違っていませんね?』


 ああ、間違っていないとも。

 今更そこで見栄を張るつもりはないさ。


『であるならば……それについてはこう言い返してあげましょうか。人間が人間を作ることに、何の疑問も抱かないでしょう? 人間が固有のプロセスを踏んで子供を作ったところで、何故子供を作ったのか――ということについては疑問を抱かないはずです。我々もそういうことをしてるのですよ。「あやかし」を作っているのは同じ「あやかし」である――そこに何の違いもありません』

「いいや、違うね。全然違う。人間が人間を作ることに疑問を抱かない? そんなことがある訳ないだろう。そりゃあ、疑問を抱かないで子作りに励む人間も居るかもしれないが……、少なくともそこに疑問を抱く夫婦が居るのは当然だと言えるだろうよ。子供を作っても良いのだろうか? 子供に健康な生活を提供してあげられるだろうか? などと思ったりすることは当然の摂理だ。その家系が何らかの目的を持って子孫を繁栄させようとしているのならば、猶更」

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