第72話 百鬼夜行(2)

「『百鬼夜行』……、その存在がどういうものかということについては、もっと語るべきところもあるのだろうけれど、しかしてそれを語ったところで何も答えを見出せないのが実情だろう。答えに至るまでのプロセス、それに対するヒントが少な過ぎる。……それについては、我が妹も十二分に理解しているのだろうけれど」

「理解はしている。……でも、百鬼夜行はいったいどんな組織なの? 姉さんが知っているということは『あやかし』絡みであることは間違いないのだろうけれど……」

「まあ、そうだろうね。それについては否定しないでおこう。ただ、それじゃ未だ正解までは遠いんだよねえ。『あやかし』関連の組織であったとして、ならばそれはどんなことをしているのか? という話。今の答えじゃニアピンにもなりゃしない。この世界は単純だから、0と1で成り立っているのさ。そりゃもっと小難しい概念や価値観も屹立している訳で、それにとっては0と1じゃ片付けられない……『第三の存在』があるのかもしれないけれど、しかしながら、それは曖昧だから片付けるのはなかなかシビアではある。ただ、シビアだからこそやってみることは大事ではあるのだけれどねえ。確定しているからやる、していないからやらない――そんなことが出来るのは、新人ぐらいのものだよ。大抵は、慣れてきたらある程度のことは自分で判断して行動しなければなるまい。まあ、組織に所属していたらそれも出来ないのだろうけれど。組織ってのは相変わらず呼吸をするのも大変なところだからね」

「勝手に組織のことを過小評価されても困るわね。……姉さんは組織に所属したことが、殆どないんだから。ただまあ、的を射ているのは確かではあるのでしょうけれど。組織に所属している以上、上下関係は存在している訳だし、おなるとそこで上司にお伺いを立てる必要だって出て来る訳だし、そうなると上司に媚び諂う必要もあるのだし。そうしないと自分の意見が通らない――たとえどれ程優秀であったにしても、世間の空気を読まなければ潰れてしまう。それが社会ってものなのよ」


 社会は、空気を読まなくては生きていけない。

 それは何処かの文献で読んだような気がするけれど、まあ、それについては確かだろうな。だって空気を読まなくては相手の行動を慮ることは出来ない。しかしながらそれを学校で教えてくれるものなのか――と言われると答えはノーだ。学校で習うものも確かに大事ではあるのだけれど、しかしながら、それが百パーセント社会人になって使うかと言われると……、それはないだろうな。だって三角関数とか運動方程式とかドモルガンの定理とか何処で使うんだ。そんなものは社会人になってから教えれば良いような気がする。逆に、社会人になってから沢山勉強するようなことも出て来るのだから、だったら学校で教えることはもっと取捨選択して、社会人としてのマナーや常識をもっと教えてくれても良いような気がするんだけれどな……。


「それについては無理と言うしかないでしょうね。教育機関は職業訓練学校ではないのだから。そもそも、社会人としてのマナーは新卒で入った会社が研修を受けさせれば良い話なのだし。一度学んだことは永遠に使うから、覚えておいて損はないことなのよ? ただまあ、インターネットが普及している今の状況を鑑みると、やっぱり研修って必要なのかななどと思ったりもするのよね。どうせマナーなんていつ変わるか分からないし、相手によってはそのマナーを捻じ曲げなければならないことだって出て来る訳だし。それをどうやって対処するか……、つまり空気を読むことが大事って訳よね。空気を読み過ぎて周りのことばかり考えていたら、それはそれで自分のことに手が回らなくなって大変なことになるのは間違いないのでしょうけれど」


 空気を読み過ぎるのも良くない。かといって空気を読まな過ぎるのも良くない――ってことか。それはそれで面倒臭いな。もっと白黒はっきり付けられないものかね? 敬語だって敬う気がなければ使わなくても良いのだろうし。


「……ジョンはそんな考えだと社会ではやっていけないような気がするな。あまり言いたくないのだけれど、社会不適合者の烙印を押されてもおかしくないぞ? そりゃ敬語の意味はその通りだよ、敬う必要がある存在に対して使うってスタンスはね。けれども、だからといって敬いたくなければ敬語を使わなくても良い……ってことにはなりゃしない。基本的には目上の人間であるならば、たとえどんなクソッタレな存在だろうが敬語は使わなくてはならない。どんなクソッタレでもね」


 クソッタレに強い語気を感じたので、今までそういう存在を沢山見て来たことへの裏返しなのだろうか――などと思っていたら、


「でも、六実の言いたいことは分かるような気がしますよ。わたしもどちらかと言うと組織に属したくない人間の方ではありますから」


 あ、そっか。そうじゃなければフリーで活動なんてしないもんな。組織に所属するメリットは、少なからず存在するはずだし。……それが所属しないメリットを上回るならそれも構わないって話なのだろうけれど、それについてはなかなかうまくいかないのが実情だったりする訳で。

 ……ところでどうしてこんな話になったんだっけ?


「『百鬼夜行』はこの国を転覆させようとしているのさ。『あやかし』の力によってね」


 唐突に。

 ほんとうに唐突に、九重十六夜が話し始めた。


「転覆? テロを起こそうと考えている……ということなの?」

「どんなものだって構わないだろうが……、『あやかし』というのは人々に信じ込ませなければ力を発揮することは出来ない。インターネットで有名な怪談や都市伝説だってそうだ。八尺様、てけてけ、きさらぎ駅……そんなたくさんの都市伝説がどうして今も話題になっていると思う? それは即ち、ある勢力がそう仕向けたからだとは考えられないかな?」


 まさか、そんなことって……。


「まあ、要するに今まで考えられなかったことが現実に起こると、人間は恐怖に苛まれるよね――という話だ」

「人間はオカルトには興味を持たないくせに、オカルトを聞くと不安や恐怖に駆られることが多いからね……。そればっかりは人間の性だから致し方ないところもあるのかもしれないけれど、だとしても、解決しづらいところは否定出来ない。オカルトのことを考えたこともない――つまり、オカルトなんて存在しないと思っている人間だって一定数居る訳でしょう? ならば、それについて何かしらの解決策を見出すのが自然と解釈出来る訳」

「小難しい話だな。……でも、何となく分かったような気がする。要するに百鬼夜行は、自分達の存在を認めさせたいと思っているのか?」


 だとすれば、ひどいエゴイストではあるけれど。


「間違っているようで、的を射ている……。点数をつけるなら五十八点でギリギリ赤点といったところか。ただまあ、一度話を聞いただけでそこまで解釈出来たのは及第点と言えるだろう。再試験のチャンスを与えてやっても良いかもしれないな――」


 褒められているのか貶されているのかさっぱり分からない解答ではあったのだけれど、しかしながら、少なくとも確かめられているのは間違いなさそうだった。

 恐らくは、値踏みの意味合いもあるのだろう――このままぼくをそちらの世界に連れて行っても良いのだろうか、と考えているのかもしれない。

 ただし、六花の発言が確かならば、『あやかし』を認識してしまった人間は『あやかし』と対面しやすくなると言っていた気がする。一種のフェロモンみたいなものなのだと思う。そんなこと感じたことなんて全くないのだけれど、『あやかし』への対抗策が何一つないぼくにとっては六花に守ってもらうしか道がない。

 無力であり、素人である。

 無力は直せないかもしれないけれど、素人なら直せるかもしれない――だったら、せめて知識ぐらいは身に付けておいた方が良いと思う。今後一切関わらないなら不要な知識ではあるけれど、必ずしもそうであるとは言い切れないのだから。

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