第69話 帰省(5)

 フリーの呪術師ってのはかなりのパワーワードな気がするけれど、まあ、それについてはあまり語らない方が良いだろう。何事にも触れない方が良いことだってあるのだ。触らぬ神には祟りなしとも言うからな。


「何それ。つまり、わたし達が言っているこの問答についてはあまり理解していないということなのかしら?」


 理解していないというか理解したくないというか……、まあ、間違ってはいないだろうな。いずれにせよ、そのことを解釈したところで時間の無駄だと考えるのが関の山だろうし、だとしても、解釈自体が難しいと思うのであるならば、それを否定することだって、案外大した話だったのかもしれないのだ。


「……ま、取り敢えず入ってみないと何も始まらないわよ。特に変な気配もしないし」


 石の道を進むと、そこには引き戸があった。別に何も珍しくない、日本なら普通に有り得そうな感じの引き戸だ……。木で出来たその扉は結構な年代物に感じるけれど、それをきちんと評価出来る鑑定士に依頼したらどうなるんだろうか? ちょっと興味はある。

 引き戸の磨りガラスからは、誰かがその向こう側に居るという判断は出来なかった。自然、誰も住んでいない家というのは外の風景から見れば解釈は容易に出来ることであって、そこから解釈した結果によると、やはり誰かは住んでいるだろう――そういった結論を導き出せる。

 となると問題なのは、そこに誰が居るのか――ということだ。確かに、ここは六実さんの実家である。ということは六実さんの家族が出て来て当然なのだけれど、今まで会ったことのない人間しか居ない以上、ぼくにはその線引きをすることが出来ない。

 見知らぬ人間は見知らぬ人間以上の評価が出来ないのだ。

 だったら、その判断を第三者に解釈してもらうほかないのだが……、しかしてそれが正しい解釈であるのかどうかを判断しきれない。つまり、それについては全てを委ねるしかないのだ。

 委ねたところで、結果は変わらないような気がするけれど。


「……話を戻すけれど、ほんとうにここは六実さんの実家、で良いんですよね?」

「何よー。わたしのこと、疑っているつもり? まあ、初めて会った人間に実家に連れ込まれたら、そりゃあ判断も見誤るよね。何処かの集落にはそういった制度も無きにしも非ずなんて聞いたことがあるけれど、ほんとうなのかしら? だとしたら、まだまだこの国ってディープな一面を隠し持っているのね……。警察に居るだけじゃ絶対に出会う事のない情報よ」

「そんなこと言われても困りますよ。……ぼくが言いたいのは、ここはほんとうに六実さんの実家なのかということだけですから」

「実家じゃないとしたら、ここはいったい何処だというのかしら?」


 ……あー、そう来ましたか。

 流石にそれは答えられないな。ぼくだって好きでやっている訳でもないのだけれど、頭が頗る良い訳でもない。かといっててんで駄目な訳でもなくて、五段階評価でいったところの三つ目――とどのつまりが、普通過ぎるぐらいだ。

 平凡で、凡百で、普通。

 それがぼくの――第三者から見た評価だ。

 まあ、確かに進級するときにめちゃくちゃ苦労したかと言われるとそうでもないし――試験の点数には目を瞑っておく――ぼく自身がやっていけないと自覚したこともあまりない。今の今まであまり壁にぶつかったことがない、とでも言えば良いだろうか。そういうと優秀みたいな話になってしまうのだけれど、そんなことは当然有り得ない。天才ならきっと、こんな選択は考えていないだろうな。天才の考えは、ぼくのような平凡な思考の人間には到底分かり得ないことではあるのだろうけれど。


「……ほんとうにあんたってひねくれているわね。普通の人間じゃ考えられないくらい、思考が二重にも三重にも捩れ曲がっている。それがあんたの生き方なら、そりゃあわたしだって否定する気にもなれないけれど、あんたはまだ高校生なんだろう? だとしたらもっと世界を広げることだって充分出来るはずだ。……それをしなければ、世界なんて広がる訳もないのだけれどね。当然、待っていたら雨が勝手に降ってくる訳でもない。だから昔の人は雨を降らせて欲しいから雨乞いをした訳だろう? 座して待つ、なんて言葉もあるし、果報は寝て待てって言葉も確かにある。けれどそれは……、何か行動出来るかを考えて、これ以上行動出来そうにないから、待ってみようかというだけのこと。何もしないで待っていたら結果だけが手に入る――そんな甘い話はある訳がない。あるというのなら、それははっきり言って詐欺よ」


 詐欺、ですか。

 まあ、言いたいことは分かる。警察はそういった法律を無視した物を取り締まる場所だから……。けれど、綺麗事じゃ何も出来ない時だってあるのは確かだ。だとしたら、やっぱりある程度は目を瞑らないといけないことが出て来たりするのかもしれない。ただ、運転免許の適性検査ではNGを喰らうようだけれど。


「……とにかく、自分の思考が百パーセント正しいことだなんて思わないこと。必ず正しくない何かがあるんだから。人間、ミスをするのが当たり前の生き物だからね……。ミスをしない人間なんて人間じゃない。人間が作ったコンピュータだってバグは必ず存在するでしょう? コンピュータが自ら学んでバグを修正出来れば良いのでしょうけれど、それをしたら益々人間の存在意義について考える羽目になる。人間は果たして必要なのか否か――そんなことを考えたくはないでしょう? そんなことを考えてもおかしくないような存在と、私たちは触れ合っているのよ」


 それってつまり……、『あやかし』のことなんだろうか? 妖怪や都市伝説やフォークロア……、世界の様々な奇奇怪怪をひとまとめにしたのが、『あやかし』というカテゴライズであるならば、人間の味方も敵も居て当たり前だよな。すねこすりや座敷童みたいな人間に幸福を与える妖怪も居れば、八尺様やくねくねといった人間に危害を与える都市伝説だってある。海外だってスレンダーマンやThis Manとかあるしな。ただし、どちらもインターネット発祥で、実在する物であるとは明言されていない。


「都市伝説も妖怪もフォークロアも……、人間が信じていればそれは存在する。その数が多く、思いが強ければ強い程……ね。人間が考えたことは必ず実現することが出来る――そんな話を聞いたことがないかしら? それと同じよ」

「つまり、人間が『そんな物は実在しない』と思えば万事解決だと?」


 確か海外に認識したら負けみたいなゲームがあったよな……。とどのつまりが、実在しないと思った時点で人間がそれを認識してしまっている。認識してしまったら、その存在は具現化してしまうのだろうか?


「それこそ……やっぱり人間の記憶から消すのが一番無難な手段なのだろうけれど、なかなかそうも行かないのよね。ほら、神様だって実はそのパターンなのよ? 人々が信仰していればしている程、その力は強くなるの。だから日本神話の神様だって、神様だけが住まうことの出来る世界でのほほんと暮らしているらしいし。噂によると下界――つまりわたしたちの世界に降りて色々やっているみたいよ? ほら、閻魔大王の娘が下界でショッピングを楽しんでいるように」

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