第66話 帰省(2)

 上館市は関東地方の北限に近い位置に存在する地方都市である。とはいえ、東西南北に鉄道が走っていて、中心地となる上館駅からはバスも走っている。しかしながら、鉄道は多くても三十分に一本、バスは三時間に一本という辺鄙ぶりを見ると、ほんとうにここは関東地方なのかと疑ってしまう程であった。


「田舎だろう? 何せ高速道路のインターから一時間は突っ走る訳だからな……」


 六実さんは溜息を吐きながら、缶ジュースを飲んでいた。

 上館駅の駐車場に止めて、今は休憩をしていた。……それにしても、駅の目の前に市役所があるんだな。見た目はサティみたいだけれど。


「昔はサティがあったんだよね。それが色々なスーパーが入っていって……、気がつけば市役所になってしまったのよ。エスカレーターとエレベーターが導入されているし、コンビニもあるから、ほんとうにここ市役所? って思ってしまうのよね……」

「でも、駅から近いと便利なような……」

「東京みたいに電車が至る所に走っていれば、ね。この街は東西をJR、南と北に別々の私鉄が走っているだけで、それらの間は一切鉄道が走っていないのよね。だからパークアンドライドみたいな感じになっていて……、駅からは車で送り迎えするケースが大半を占めているのよ」


 だから駅前に駐車場がある、と。

 でも、バスが止まっているからバスを使えば良いのでは?


「バスだって走っていないんだよ、一日数本ってレベルだからな。路線バス乗り継ぎ旅とかやったら確実にタクシーか徒歩になりかねない区間だぞ。一応路線バスとしては繋がっていますよ! って言ったところで、結局乗れないんだったら何の意味もないんだからな」


 いや、多分あれ最初にスタッフが調べてから計画立てているだろうから、そもそもルートとして成立しないような場所でやらないような気がするな……。


「ところで、あの最中美味しかったですねえ。東京でも販売して欲しいぐらいです」


 そう言ってまじまじと最中を包んでいた紙を眺める六花。眺めたところで最中は帰ってこないということをそろそろ自覚して欲しい。


「この辺りの銘菓なんだよ。……本家に帰るのにお土産もないのは不味いからね。あそこで買っておいて正解だった。まあ、高いことは高いが……」


 確か一個百五十円ぐらいだったような気がする。まあ、サイズも申し分ないけれど、幾ら何でも百五十円は高いな。でも、有名なことは有名なんだと思う。お店の中に総理大臣賞の賞状が掲げられていたし。


「……さてと、そろそろ戻るとするかね」


 そう言って六実さんは煙草を灰皿に押しつけた。

 そう。何故ぼく達が目的地の手前で休憩していたか、ということについてだけれど、それについては二つの理由がある。一つは運転手の疲労を解消するためだ。何でも運転は二時間以上するものではなくて、二時間もずっと集中してしまったら、確実に集中の途切れが発生してしまい、それが事故の原因になりかねないというのだ。警察官である以上、事故の当事者になってはならないという意識なのだろう。だったらスピード違反もしないで欲しいけれど。

 そして、もう一つは六実さんが喫煙者であるということ――。喫煙者は数時間も煙草を吸っていないと、イライラするらしい。薬物の禁断症状に近いもののような気がするけれど、まさにそれ。ただ、自分の運転する車で吸えば良かったのに、敢えて喫煙所で煙草を吸ったのには、ちゃんとした理由があるらしい。……ええと、何だったっけ?


「わたしは、車に煙草の香りを付けたくないの。それに、メリハリも付くしね。ただまあ、最近は何でもかんでも禁煙禁煙で困るけれどね……。悪いことは何一つしていないのに、鼻つまみ者扱いだ。寧ろ煙草税を払っているから普通の人より多く税金を払っているのに、だよ?」

「でも、給料は税金から出ているじゃないですか。つまり税金で煙草を吸っているということに……」

「……ほんと、頭の良い子供は素直じゃないから好きじゃないよ」


 六実さんはそう吐き捨てて、駐車場へと歩いて行く。

 六花は少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべていたが――よっぽどあの最中を気に入ったのだろうか――少し遅れて、ぼくと六実さんに向かって走って行った。

 目的地までは、あと少し。

 気を緩めることなく、先に進むしか――今のぼく達には選択肢がない。

 上館駅から出ると、暫くは細い道を通っていった。流石にその辺りもスピードを上げていたら運転出来ないことは理解していたのだろう。六実さんはゆっくりと――比較的、だが――速度を落として運転していた。そりゃあ田舎だからそれぐらい仕方ないのかもしれないけれど、何でもこの県に住んでいるドライバーは比較的運転が荒いらしいのだ。


「詳しいじゃないか、何処から手に入れた情報なんだ?」

「ぼくだってインターネットで知識ぐらい仕入れますよ。……それに、ずっと色々景色を眺めるのも暇ですからね」


 ずっと手をこまねいている訳にもいかないのだけれど、移動時間だけはどう足掻いても短縮することは出来ない。そこに距離がある以上、どう足掻いたって時間は発生する。光速を超えれば何とかなるのかもしれないけれど、科学技術はそこまで発展していないしな。


「ふうん、時間を有意義に使うことは良いことだ。別に何も悪くないと思うよ。……けれど、別に調べたところで無駄なんじゃないかな、とわたしは思う訳だよ。だって考えてもみれば分かる話だ。姉さんは……九重家に今居る呪術師の中では一番強いだろう。だって、わたしは姉さんの半分にも満たないからってことで……この六実の名前を付けられたんだからな。そして、今回の事件の鍵を握っている可能性だってある。そんな姉さんと、仮に直接対決をすることになってしまったら……、はっきり言って勝てるかどうかは分からない。ただ、だからといって何もしないのはダメなことだ。それぐらいは分かりきっているだろう?」

「負けを負けと認める前に悪足掻きをする……、やり方だけ見ればそう見えてしまうかもしれませんが、それは決して間違いではないのですよ。一ミクロンでも勝ち目が出てくるならば……、それを何倍にも増やすことが出来るのならば……、わたしはそれに賭けたい。きっと、六実さんはそう思っているのですよね?」

「……ああ、全て六花が言っちゃったけれど、とどのつまりがそういうことだ。六花が居たらわたしの台詞が少なくて済むから助かるな。今度からずっとバディを組まないか? いっそ、警察に協力してくれても良いんだぞ」

「残念ですが、お断りします。わたし、組織ってどうにも好きになれないのですよね……。だって、しがらみがあるじゃないですか。組織に属するということは、自分だけの価値観を押し付けることなんて出来ないですからね。結果、組織の価値観ってのがある訳じゃないですか。善悪を捻れさせることだって十二分に考えられる訳であって……。自分がやりたくないことだってやらされる訳でしょう? それは嫌ですよね、はっきり言って」


 それ、組織に所属するのには向いていないような気がするけれど。確かにそれなら組織に入らなくて正解かもしれないな。


「んー、でも組織に入るのも悪いことばかりじゃないと思うけれどなあ。責任は上司が取ってくれるしね!」


 そこだけかよ。そこをクローズアップするのかよ。もっと何かメリットはないのか。分かりやすくて、組織に所属したい! と言わせられるような何かしらのメリットが……。ほら、例えば色んな物が経費で落とせるとか……。


「一応その辺りも確定申告すれば税金が安くなるから、経費として落とせると言えば落とせますけれどね……。ただ、やり方が面倒臭いだねで。ええと、確かサラリーマンは年末調整という仕組みがあるんでしたっけ? 会社が確定申告を代行してやってくれるみたいな制度でしたよね」

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