第七章 因縁の姉妹

第65話 帰省(1)

 姉妹喧嘩というものは、どれ程規模が大きくなろうとも、結局は姉と妹の喧嘩に過ぎないのだし、そこまで第三者が介入するものでもないのだろうけれど、しかしながら巻き込む人間の数を考慮するとそこまで余裕を持っていられないのもまた事実だったりする。結局の所、九重家もそれなりに事情はありそうだったけれど、首を突っ込むつもりはなかったしな。


「姉さんのことについて話す前に……先ずは、わたし達の家系について簡単に説明しておこうか」


 陰陽九家とかそういう話だったっけ? 一ノ谷、二葉、三橋、四谷、五藤、六山、七草、八尋、そして九重……。どれも数字が入っている名字だったと記憶している。そういえば、名前も数字が入っているような気がするけれど、それってどういう意味があるんだろうか?


「鋭いところに目を付けたね……。その通り、陰陽九家の力を受け継いだ人間は、性別問わず数字が付けられた名前になる。つまり、生まれてから直ぐ力があるかどうかを見てもらうのだけれど……、逆に言ってしまえばその時点で力がないと判明したら、その人間はその家では鼻つまみ者。まあ、大抵成人になるまでには家を出て行くことになるだろうけれどね……。そして、力があればある程、数字も大きくなるって訳。二葉の爺さんは未だ元気なんだっけ?」

「二葉九十九さんですか。でも、あれもあれでどうなんでしょうね。九十九を使っちゃったら、あと使える数字って数が限られていますけれど……」

「そこら辺は気にしていないんじゃない? でも、最近姿を見せないわよねー。総会に参加するけれど、最近は孫娘の五十鈴ちゃんがやっているんだったな。まあ、数字の大きさからして未だに二葉の一強は続くだろうねえ」


 スポーツカーが首都高を爆走していた。毎回思うのだけれど、これだけのスピードで爆走して警察の御用にならないのだろうか? 警察官だからって逮捕されないとかそういう理由は通用しないだろうし。仮に通用してしまったら、職権濫用のレベルを超えている気がする。


「良いんだよ。わたしは今急いでいるからな。……目的地は割と遠いからね。ま、途中で休憩はするけれど。二人とも運転は出来ない訳だし」


 何処まで連れて行くつもりなんでしょうね?


「ギリギリ関東地方だから安心しな」


 今ギリギリ関東地方って言いました?

 それって日帰りで帰ってこれるんだろうか。


「東京に居を構える陰陽九家は三橋家だけなんですよね。あとは皆日本全国にバラバラに散らばっています。関東地方に居を構えるのは、二葉、七草、そして九重。まあ、昔から一つに集中するのもよくありませんからね……。かつては陰陽九家は全て京都に居たそうですけれど、天皇陛下が東京にやって来てからは、半分近くがこっちに引っ越してきました。とはいえ、未だ関西の勢力が強いのは確かですけれどね」


 いや、そこじゃないんだよな……。ぼくが言いたいのは、関東地方ギリギリとか言っているような場所から日帰りで帰ってこれるのか、って話だ。まさか日本全国に網の目のように高速道路が続いているから問題ない、なんて言い出さないだろうな?


「え? そのつもりで言っていたけれど?」


 ……直線距離で行ける訳でもないのに、この警察官はいったい何を抜かしているのだろうか。というか、そもそも何をするために何処へ向かうのか――5W1Hがはっきりしていない。まあ、六花の話から何処へ向かうのは推測出来たが、何をしに行くのかは分からない。


「それについては、簡単に説明してやろう。今から向かうのは……九重家の本家がある上館市という地方都市だ。そこの一角にうちの本家が存在している訳だけれど……、その本家からさっきLINEが来た」


 LINEって、結構陰陽師も現代化が進んでいるんだな?


「話を切るな、話を。……で、本家からの電話だったから嫌な予感はしていたのだけれど、電話の主は母さんだった。母さんも有力な陰陽師として前当主を担っていたのだけれど、今は当主の座をわたしに譲って隠遁生活を送っている。……本来ならば、力の強い姉さんが当主を継ぐべきだったのだろうけれどな。姉さんはそれをやらなかった。だから、わたしが継承したのだが……、まあ、それについては追々話すこととしよう」

「……まあ、ぼくもその辺りは知っておきたいけれど、今それを語るべきポイントではないのかな。で、本家から何の電話が来たんですか」

「五年ぶりに姉さんが帰ってきた、っていうんだ。そして、話があるから是非とも六実を呼んでくれ、と言ってきたらしい。いったい何処に潜んでいたのかさっぱり分からないが……、しかし、重要参考人が隠れもせずにこちらを呼んでくるのは有難いことだな。これで事件が大きく動くはずだ」

「罠の可能性はないのですか?」


 六花の問いにぼくは頷いた。その通りだ。相手が何の手段も講じることなく、こちらを招き入れるとは思えない。きっとあちらも何かアイディアがあったからこそ、こちらを向かいうつつもりなのかもしれない。

 それについて話をすると、六実さんは笑いながら、


「それについてはないだろうねえ。確かに姉さんは呪術師としては優秀だよ。だからそういう罠を仕掛けることは出来るはずだ。けれど、待ち合わせ場所として指定したのは、九重家の本家。……つまり、向こうからすれば完全にアウェーだ。そんな状況で果たして何を出来るか? わたしは考えるんだよね。多分これは……真剣勝負をしようとしているのではないか、と」


 真剣勝負?

 呪術師がどういう勝負をするのかさっぱり分からないけれど、勝負となるとそれなりに戦術があるのだろうか。


「わたしが持っているのは、拳銃でね。封霊銃っていうんだけれど、こいつがなかなかトリッキーなんだよね。六花は知っているよね、これがどういう効果を持っているのか」

「知っていますけれど……、でも使い勝手が悪いですよね。確か銃弾に術式を閉じ込めておいて、それを対象に当てれば良いんでしたっけ。術式をいちいちやらなくて良いメリットはありますけれど、咄嗟の時に対処出来ないっていうデメリットもありますよね……。わざわざ大量の種類の銃弾を持ち歩けるほど、安いものでもありませんし」

「封霊銃はどれぐらい高いんですか?」

「東京近郊の一軒家が購入出来るぐらいじゃない?」


 安くても一千万円オーバーってことかよ。


「数千万円なんて、個人事業主には払えませんよ。ただでさえ、三橋家は他の八つに比べて資産が少ないんですから。風前の灯火とまでは言いませんけれどね」


 やっぱり同じ陰陽九家だからと言って、全て同じ規模とは限らないんだな。

 少しだけ社会の縮図を垣間見たような気がした。


「まあ、これも警察が購入したものだけれどね……。だから大事にしないといけない訳よ? こういう特注品って保険も入れないから、壊したら弁償ものだし。ただし、やむを得ない場合は報告書と状況証拠が分かる写真と壊れた封霊銃を提出して、許可が下りれば新しい封霊銃が手に入る。銃弾についても使った分は補充されるけれど、無駄は省かないといけないから……。だから、必要な数しか手に入らないのよねえ。今回もこの数しかないのが不安でしかないけれど……」

「どれぐらい持ち合わせているんですか?」

「六発」


 心許ないなあ……。


「でもまあ、六花が雪斬を持っているからね。何とかなるでしょ、多分」

「雪斬は幽霊とか妖怪を斬ることが出来るだけであって、呪術のような不確定要素を斬れるかと言われると曖昧なのですけれど……」

「あれ? そうだったっけ? まあ、いいや。何とかなるよ、多分。うちも含めてそうだけれど、陰陽九家の本家というのは、どれもこれも簡単に罠を張れないようになっている。当然だけれど、攻められた時にこちらが有利になるように、セキュリティを組んでおく訳。そのセキュリティを掻い潜られたらもうお終い、と言われるぐらいには強固にしておくものよ」


 でも、敵は同じ九重家の人間で……、しかも六実さんより力が強いんだったような。だとしたら、それを解除する呪術だって編み出しているんじゃないかな?

 それを聞いた六実さんは少しフリーズして、やがてゆっくりと一言呟いた。


「……そ、そこまでは考えていなかった……」


 ――大丈夫なのだろうか、ここまで来て。

 何となく、溜息を吐くことしか出来なかったのだけれど、今はどうにかするしかない。出たとこ勝負とは言うけれど、それが何処まで行くかは分からない。今はただ、良い方向に転がることを祈るしかなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る