第64話 九重十六夜

「……実際、三百人と言ったところで、人払いを使える呪術師がイコールであるかと言われると、それははっきりとしないものだよ」


 遠回しに言っているようだけれど、つまりはどれぐらいの呪術師が人払いを使えるか分からないってことを言いたいのか?


「そう、その通りだ。物分かりが良くて助かるな? 人間がそういう奴ばかりなら助かるのだけれど、案外そうもいかないから困る。困ったところでそれを解決出来る訳でもないのだがね……」

「じゃあ、呪術師は分からないって? ……人払いが出来るかどうか、一人一人虱潰しに探すしか方法がない、ってことかよ。だとしたら、それって幾ら時間があっても足りないような……」

「いや……、そうとも言い切れない。ところで、六花、あの『ロンファイン』を扱っている女子高生バンドとやらの運営は分かったのか?」

「それが分からないから苦労しているのですよ。……だって、こちらから調べたところで何も見えませんからね。実際、あちらから発表しなければ何も見えてきませんから。宣伝の記事を書いているライター? とやらに聞いてもみましたが、お客さんの情報を教えることは契約違反だから、と言われてしまいましたね。まあ、それはあの都市伝説ライターも同じでしょうけれど」


 運営からすりゃ、女子高生バンドのメンバーが死んでいくのはシナリオ通りなのだろうから、別に気にすることでもないだろうしな……。ただ、それが現実の事件に介入しているとしたら厄介なことになりそうだけれど、実際はそうもいっていないのだろう。ただ、一つ問題があるとすれば……。


「彼女達とこの事件――『血の十字架』事件を繋いでいるのは、あのオカルトサイトだけ……か。イザナギオカルト研究所、それについての情報は、残念ながら全く出て来ていない。今磐梯に調べてもらっているけれどな、あのオカルトサイトについて分かることが見つかれば連絡しろ、とね。IPアドレスでも分かれば何とかなるのだろうけれど……」


 そりゃあ、IPアドレスはインターネットの住所と呼ばれる物だからな。それが分かれば苦労しないだろうけれど……、でもそれで特定は出来なかったんじゃ?


「出来なかったんじゃない、見つからなかったんだよ。イザナギオカルト研究所として運営していたサイトの管理人と思われるIPアドレスは固定だった。だからそこからプロバイダなりに連絡して情報開示請求でもしちまえば良い話なんだが……、それが出来なかった。否、したところで結果は得られなかった。プロバイダが特定出来なかったし、そのIPアドレスは存在しないとまで言われてしまったんだ」


 ……何だって?

 でも、IPアドレスって何かソフトを使えば違うアドレスに偽装することも出来たような気がするけれど。


「それも合わせてこちらでは出来るんだよ。……詳しい話は分からんが、磐梯が言うにはリバースエンジニアリングなることをするらしい。つまり、IPアドレスの偽装方法と言ったところで、パターンが存在するはずだろう? 完璧なランダム生成はないはずだ……何故ならそれは人間が作り上げた代物だからだ。たとえコンピュータでプログラミングされた物を使っていたとしても、最初に作り上げたのは人間である以上、必ず法則は見つかる。そして、法則が見つかりさえすれば、それを使って復号することが出来るらしい。暗号化の逆をするのだから、そこまで来たら然程難しくはないのだろうな、細かいことは分からんが」


 難しいことを言っているようだけれど、つまりそのIPアドレスは実在しないと言われた――ということなのだろうか? だとしたら、その人はどうやってサイトを更新したのだろうか……。


「IPアドレスどうこう、って話ではないのだよね。問題はもっと違う感じ。実在しないIPアドレスって、科学技術の上では有り得ないらしいのよね。要するに、IPアドレスだけじゃそれが何処の誰が使っていることかは分からないのだけれど、それはプロバイダを経由している訳だから、プロバイダはそれを知っている訳よね。パスポートに近い感覚かしら、パスポートを見ただけじゃ個人情報は全て手に入らないけれど、そのパスポートが発行された国に情報の照会をすれば、情報は得られるでしょう? 勿論、誰にだって情報を展開する訳ではなくて、何かしらの書類が必要な訳だけれど。わたし達の場合は捜査令状になるのかしらね……」

「捜査令状さえ出せば、それに従わなくてはならない……ってことなんだよな?」


 確か刑事ドラマでは良く見たことがあるけれど。


「基本はね。だってそこで拒否したら、一緒に犯罪の片棒を担いでいると思われてしまうでしょう? まあ、仮にそうでなくても機密情報を出したくなくて言わないところもあるのだけれど、それはレアケース。大抵はそんなこと有り得ない。だからこそ、わたし達が令状を申請する時は何重も確認をして、それが令状を出すに値するか――ということをチェックしていく訳。裏を返せば、こちらには非がないと何度も確認することに繋がるのだけれどね。こちらに問題があったら、何かと大変な訳だし」


 大変で済むのだろうか……。数年に一度ぐらい誤報みたいなことがあって、その度に警察のお偉いさんが謝罪したり処分を受けたりしているようだけれど、絶対誤認逮捕なんてしたら始末書程度じゃ済まなそうだよな。軽くて指導、下手すりゃ解雇ぐらいなっちゃうんじゃないか? もし解雇なんてなったら、履歴書に傷が付いてしまうよな……。


「あっはっはっは。そんな堅苦しいこと考えなくて良いのよ。人間は必ず間違いを犯してしまう訳だからね。何でもかんでも完璧にこなせる訳がない……、完璧に物事をこなせる人間なんて、殆ど居ないのよ。居ない、というのは言い過ぎで、多少は居るでしょうけれどね」


 ん? まるでそのニュアンスだと、自分は完璧に物事をこなす人間を知っているかのような話し方に見えるけれど……。


「あー、確かアレだよな。九重の美人姉妹、その妹ともなれば苦労も大変だろうねえ。だって、お姉さんは天才呪術師となれば、妹はどう足掻いたって比較されてしまう。となると、やりづらいだろうからねえ……。ええと、名前は何だったかな」

「……その話はするな、と言ったはずだが? 幾ら宮内庁の人間だからといって、やって良いことと悪いことがある……その分別ぐらい付いていると思っていたが」


 ああ、そうだった――皇は六実さんの話を丸ごと無視して、何か思い出したかのように言い出した。


「――確か、九重十六夜……だったかな? 変わった名前だったから覚えているのだよねえ。それにしても、厄介なネーミングセンスだよな。多分十六夜の半分も及ばないってことで六実って名前にしたんだろうけれど。そのネーミングセンスについて、両親にちょっと怒ったりしなかったのかい?」


 ――何だって?

 ぼくは漸く、点と点が一つの線で結ばれたような感覚に陥った。電撃が走ったような、そんな感じだ……。それにしても、九重十六夜だって?


「……そうだよ。あんまり言いたくはなかったけれどな。わたしにとっては汚点だよ。立派な汚点だ。きっとそれはわたしだけじゃなくて、九重家全体のことなんだろうけれど」

「九重家って……何か面倒臭いことがあるのか?」

「まあ、何処の家だってそういうものよ。あんまりそういうことがないのって三橋家くらいじゃない? まあ、お兄さんが表に出て来ていないからかもしれないけれど……」

「うちはその分有難いですけれどね……。わたしがメインで動いていて、頭を使ったり面倒臭いことは全て兄がやってくれますから」


 違う。ぼくはそういうことを言いたいんじゃない。もっと何か根本的な何かがあったような気がするのだ。とどのつまりが、灯台もと暗しと言わざるを得ないような、見つかったらそれはそれで、何でこんな物を見落としていたのだという位シンプルな切り口だったと思うのだけれど――思い出した。


「……何か、心当たりでもあるのかな? ジョンとやら。もしかして、九重姉妹の姉に会ったとか?」


 正解だ、皇。実は心を読む能力サイコメトリーでもあるんじゃないのか?

 と、そんな軽口はほどほどにしておいて、ぼくは語り始める。

 それは、数日前――鬼門を調査していたぼくが、六花と分かれ帰宅したところで出会った女性の話だ。確かその女性は名前を九重十六夜と言っていたような気がする。そして、色々と引っかかる文言を言っていたから、どことなく覚えていたんだよな。例えば、都市伝説をぶっ壊すとか。


「……ジョン、もしかしてあんたが会ったという女性はこいつのことで間違いないか?」


 六実さんはスマートフォンを取り出して、ぼくに写真を見せた。写真には、二人の女性が映し出されている。片方が六実さん、そしてもう片方こそ――外見の年齢に違いこそあったものの、それは間違いなくぼくが団地の前で出会った女性そのものだった。


「ふむ……、もしかして彼女は何かを考えていたのかな? そして、彼女は優秀な呪術師だ。数字持ちの中でも優秀な九重家の長女だからね。……となると、考える道筋としては」

九重十六夜ねえさんがこの事件に関わっている可能性がある……と。はあ、面倒臭いことではあるけれど、致し方ないわね……」


 六実さんは深い溜息を吐くと、スマートフォンで何処かに電話をかけ出した。

 そして数分後、ぼく達に向き直ると、


「目星はついた。となると、ここに居る用事はない。邪魔したね、二人とも」

「良いのさ、こっちは暇だからね。ずっとゲームしているのも悪くないけれど、それをし続けていたら給料泥棒だなんて言われてしまって、ここから追い出されかねない」


 自覚はあったんだな……。


「さておき、ぼくも見に行きたいけれどねえ……だって、このまま行けば九重姉妹の直接対決が見られるかもしれないのだろう? 呪術師同士の戦いってあんまり行われないからねえ。ぼくも助太刀……もとい観戦しに行きたいところだけれどね」

「おあいにく様。残念ながら……そんな余裕はないのよ」


 そして、ぼく達は一礼すると、宮内庁の書庫を後にするのだった。

 もうそこには用はない――六実さんの言葉を借りるならば、そう言うしかないだろう。

 暗澹とした道筋に、一筋の光が差し込んだ――そんな感じがした。

 いずれにせよ、ぼく達は前に進むしかない。前に進んで、この事件を解決せねばならない。

 そして、何となくではあったけれど、その事件の終幕は――案外直ぐ傍まで近づいている、ような気がした。ただし、それはあくまでもぼくの勝手な妄想だったのだけれど。


「……姉さん、いつまでもこんなことをして、何も起こらないと思ったら大間違いなんだからね……」


 六実さんが、宮内庁を出発するとき、そんなことを呟いた。

 その言葉がどういう意味を持っているのか――今のぼくには分からなかった。

 

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