第58話 神霊保安部(5)

「……はあ、そうだねえ。まあ、探しておいてあげるけれど、期待はしないでよ? 登録している魔術師は千人を超えるか超えないかぐらいで、そのうち四割が公務員だ。つまり宮内庁や警察の虚数課……それだけじゃない、他の官庁にも居るし、地方自治体にだって居ることもある。ただ、前の二つと違うのは、オカルトを専門に扱っているか否か。オカルトも扱っているというとオカルトしか扱っていないというのは、似ている言葉のようであって全然違う。まあ、それぐらいは魔術師も分かっているよ。食べていくためには仕方がないことだってね」


 現実的なことではあるけれど、大事なことだ。だってそれが重要なことなのだから。どんなに泥臭く生きようったって、構わないのだ。結果、最後に降り掛かるのは自分なのだから……。


「いや、何達観しているんだ。君達にも手伝ってもらうからな」


 え?

 いやいや、今何時だと思っているのでしょうね。もう夕方も終わって夜に片足突っ込んでいますよ?


「片足突っ込んでいようが突っ込んでいまいが、そんなことはどうだって良い。何ならバイト代も出してやろう。今の東京都の最低賃金って幾らだっけ?」

「千円は超えていると思いますが……」

「じゃあ、時給千五百円で七時間働いてもらうから、一万五百円……うーん、キリが悪いな。切り上げて一万一千円にして良い?」

「どうしてですか」

「消費税ってことにしておいて」


 だったらその税金は誰が納めることになるのやら……。商店や個人事業主は消費税を納めるのはなかなか大変だって聞いたことがあるけれど、それに該当しなければ良いな。まあ、一万円ぽっちじゃ課税対象にはならないか。


「まあ、他に収入があるならつゆ知らず、学生でしたらね……。ほら、個人事業主ならちゃんと報告して納税額を変更しておかないと色々大変なんですよ。特に青色申告とか」

「詳しいけれど、もしかして個人で納税しているのかな?」

「いえ、そんなことはありませんよ……。ただ、知り合いに去年の年末までに年末調整出来なかったから泣く泣く確定申告する羽目になった、なんて言っている人が居まして。そんなことする予定もなかったから帳簿なんて付けていなかったそうなのですよ」


 ああ……、それは何かと面倒臭いことになりそうだな。


「で、どうしたんだ? 確定申告って……もう直ぐだったっけ?」

「特に連絡もないので、未だに必死になってやっているのではないでしょうか? 何かと大変な世の中ですからね。まあ、マイナンバーカードを取得していたのはラッキーなんて言っていましたが……」


 インターネットで確定申告出来るんだったかな? まあ、正確にはそれがなくても出来るのだろうけれど、何かと面倒だからな。それを全てマイナンバーカードに押し付けてしまおう――という魂胆だったりする訳だ。何処まで押し付けられるのかは分からないけれどね。マイナンバーカードを持っていても楽になるのは登録とかそういうところぐらいで、実際はそれなりに面倒臭いんじゃなかったっけ?


「良くご存知で……。まあ、年末調整に慣れちゃうと確定申告なんてしたくありませんよね。何せ年末調整は書類を書いて出す物出したらそれでお終い。対して確定申告は……、まあ書く物書いて出す物出すといった感じなのは変わりありませんけれど……、いずれにせよ労力が違いますよ。まあ、確定申告が出来るということは個人事業主で、それなりに時間に余裕がある人が大半な訳で……あ、そうでもなかったりします?」


 どうだかな。実は案外時間に余裕のない人だらけだったりするのかもしれない。


「で、話を戻すけれど……、どうだい。手伝う気はないか? 勿論学生の君だけじゃなくて……ええと、誰だっけ。そのカタナを持っている君は」

「六花ですが」

「ああ、そうそう! 六花もどうかな。その条件では?」


 呼び捨てにするのかよ――などと思ったけれど、今までの話であったことを考えると特段珍しいことでもなかったりする訳だ。だって、自分で敬うべき人間を決めるなんて言っている訳だからな。まあ、どの人間だってそうなのかもしれないが……、ただそれを決める境界線というのがなかなか難しかったりする訳だ。線引きってのは大事だからな。


「別に良いですけれど。……ただ、今からするのは嫌ですね。データベースなんて横文字でかっこよく言っているつもりでしょうけれど、実際は書庫にあるファイルをひたすら見ていくってだけなんじゃないですか?」

「あら。分かっちゃったかな?」

「当然じゃないですか。わたしだってそうですけれど、こういう『あやかし』に関わる人って機械が苦手ですからね。ということは、機械で登録する意味がないから、わざわざ申請書をコピーなり原本を保存なりしているのでしょう。というか、わたしだって登録した時はそういうフォーマットで出した覚えがありますし。今もあのフォーマット、使っているのでしょうか?」

「変わるのは苦手だからね。別に良いじゃないか、いつになったって、古めかしい物を使っていくのは悪いことじゃない。別段変な考えを持つ必要もないだろうよ。それに……電子データだとハッキングの危険性もあるしね。百パーセント日本のサーバが平和って訳でもない。一応ドメインではJPドメインがアメリカの政府関連のドメインの次に安全なドメインと言われていたらしいが、それはあくまでもJPドメインに危険なサイトがなかったからだけの話。とどのつまり、日本だろうがアメリカだろうがハッカーは居る。こないだだって日本の企業がハッキングの被害に遭って情報流出に陥っていたじゃないか。あれは何の企業だったっけ?」


 ああ……、確かゲーム会社だったな。確か数年分の新作が流出してしまったんだっけ? しかも、ハッキング集団はお金さえ払えばちゃんとするよ、って言ったのだけれどそれを断ったんだったかな。まあ、普通に考えてハッキングは犯罪な訳であって、犯罪者にお金を払ったところでメリットなんてありゃしない。生まれるのは、わたしはハッキングされたらお金を払いますよ、というレッテルだけだ。そのレッテルだけは、貼られたくないものだからな。


「でも結局、ハッカーというのも面白い存在で……。自分の実力を見せつけるためだけに敢えて難しいハッキングを成功させることもあるらしいですよ。そして、セキュリティホールの脆弱性を伝えて金額を要求するとか。盗人猛々しいとはこのことですよね」


 そうか? ちゃんとセキュリティホールを伝えてくれるだけ、正義感があるじゃないか。何も教えないで金銭だけ要求する悪いハッカーだって居るのだろうし……。ハッカーに良いも悪いもないけれど、そこについてはあんまり考えることはないだろう。考える必要もないというか、考えたところでぼく達のような一般人にハッカーがハッキングするメリットがないというか……。


「そこの警察も良いかな?」

「六実だ。九重六実。一応言っておくが、名字でわたしのことを呼ばないでおいてくれよ。それぐらい、宮内庁のあんた達なら分かっていると思うだろうけれど」

「お姉さんは元気かい? 九重と言えば、美人姉妹が有名じゃないか」

「ハッ倒すぞ?」


 どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。いや、わざとか?

「冗談だよ、冗談……。で、六実は良いのかな?」

「呼び捨てにするところは気に入らないけれど、それについては了解するよ。その代わり……ちゃんと良い情報があるのだろうね?」

「そこについては安心してくれ。恐らく見つかるよ。……この東京に『人払い』が出来る魔術師なんて、そう多くはないからね」


 はっきりと断言するということは、何となく目星は付いているのだろうか。

 そんなことを思ったけれど、それについては今のところ答えてくれなさそうだった。


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