第56話 神霊保安部(3)
見えざる物って、何だかめちゃくちゃ胡散臭いような――それこそオカルトの本領発揮と言っても差し支えなさそうなことではあるのだろうけれど、当然ながらこの少年が冗談を言っている訳ではなさそうだった。まあ、詐欺師が顔に出ていたら商売上がったりだしな。
「……今聞き捨てならないことを聞いたような気がするけれど、ぼくは寛容だからね。それぐらいスルーしてあげるよ……。ほんとうならそんな言葉を受け入れるつもりは毛頭ないし、ただの一般人にそんなことを言われるつもりは全くないのだけれどね。だって、仕事を分からないくせに口出しするなんて巫山戯ているとしか言いようがないだろう?」
「おい! 少年、オカルトに関しての知識がまるっきりないことは別に悪いことではないだろうが、その発言は訂正した方が良いと思うぞ……。ある程度仲良くなってからのその発言ならまだしも、少年と彼は初対面。そんなタイミングで最悪の発言をしてしまった、ということになるが……」
いやいや、だってオカルトをいきなり信用したら、そりゃあ宗教団体の思う壺だ。新興宗教の全部が全部悪いとは言わないが、悪いイメージばかり先行していることもまた事実。それを払拭しようとしているのかしていないのか分からないけれど……、今もインターネットではそういう悪い話は転がっている。そういえばつい最近、インターネットの百科事典に掲載された加害者の情報が、あたかもそんな事件を起こしていないかのように書き換えられていた――なんて事案があったらしい。ほんとうかどうか分からないけれど、あの百科事典は登録さえしてしまえばIPアドレスが漏れることなく――登録しない場合は便宜上IPアドレスが編集者として書かれるらしい――編集することが出来る。つまり、誰がやったかどうかは分からない――ってことだ。IPアドレスさえ分かれば、何処のパソコンから編集したかは筒抜けらしいのだけれど。何せIPアドレスはインターネットの住所と言って差し支えないからな……。
「まあまあ、良いんですよ。いきなりぼくの発言を信じていたら、それはそれで注意深く生きていくべきだとアドバイスを送るところでしたし……。何事にも疑問を持っていくのは別に悪いことじゃない、寧ろ良いことだと思いますよ。まあ、難しい考えではありますけれどね……。馬鹿にされるのが嫌な人も居ますから、正しく言葉を理解出来る人としか話さないなんて人も居ますけれど、それはぼくから言わせれば石橋を叩いて渡らないような物ですよ」
石橋を叩いて渡らなかったのは、その石橋が壊れそうだと思ったから――だったりしてな。石橋を叩いたからそれが壊れそうだってことが分かって、だったらわざわざ危険を冒す必要はない訳だから――一部の無鉄砲は除く――、それを避けて安全なルートを通るのは自然なことだ。別に責めるようなことじゃない。
「別にそんなことを言ったつもりではないのだけれど……、まあ、別に良いか。で? 何の用でここまで……、宮内庁のこんな僻地までやって来たのかな?」
「……血の十字架事件については、どれぐらい理解しているかな?」
六実さんの発言に少年はクスリと笑みを浮かべた。もしかしてもう何か知っているのかなんて思ったのだけれど、普通に考えたら宮内庁神霊保安部はオカルト関連の総本山とかどうとか言っていたような気がした。そりゃあそうだ、オカルトと言えば古い日本の文化みたいな物があって、現代の若者はオカルトを信じてなどいない。現代風にアレンジされた都市伝説が流布されているぐらいだろう……。ゲームの都市伝説は結構何度も言われていることが多いけれど、そこで挙げられる内容はどれも同じ。だったら話すことが次第に減っていくのは当然のことであって、都市伝説全体を語る人は居なくなるって訳だ。インターネットで転がっているオカルトといえば、くねくね、八尺様、きさらぎ駅、巨頭オ……。
「ああいう類いというのは、どれもそうなのだけれど、ぼく達が住まう世界と『あやかし』の居る世界がリンクして起きることなんだよ。しかしながら、あちらの世界の存在はこちらの世界からすれば猛毒だ。場合によっては見ただけで狂ってしまう。くねくねなんかはその集大成と言っても過言ではなくて……、あれなんかはちゃんとした防護策を取らなければ直ぐに毒にやられてしまう。きさらぎ駅はあちらの世界に迷い込んでしまったとかそういう感じかな……。電車って、長く乗っていると自分が別の世界に居るような、そんな錯覚に陥ることはないかな? あれが長続きしてしまうと、こちらの世界には存在し得ない場所――インターネットで言うところの『きさらぎ駅』に飛ばされてしまう。こちらの世界のリンクも切れていないから、インターネットだって繋がる。けれど、現実的には繋がっていないから、帰ることは先ず不可能だ」
きさらぎ駅にそんな考えが出来るとは……。確かに異質な世界だとインターネットでは言っていたらしいけれど、後世の人間からすれば良く出来た寓話だと思われても致し方ない。かたす駅ややみ駅もあるらしいけれど、あっちはどういう世界なのだろう?
「こればっかりはあの世界に定着しなければ分からないね。昔からそういう異世界に定着する方法はあるよ……、よもつへぐいって聞いたことあるかな?」
何だったっけな、それ……。語感からして日本神話とかの古い単語であることは間違いなさそうだけれど。
「要するにあちらの世界に定着したいのなら、あちらの世界の食べ物を食すということだよ。日本神話でいうところのイザナギとイザナミ……ギリシャ神話でも似たような話がある。しかしここは日本であるし、ぼく達は日本のオカルトを取り扱う訳だから……、取り敢えずそれについては保留させてもらおう。イザナミがカグツチを産んだ後亡くなってしまうのだが、悲観に暮れたイザナギはイザナミを連れ戻そうとするんだ。だがイザナミは既にあちらの世界――冥界の食べ物を口にしてしまっていて、こちらの世界に戻ることは出来ないと言った。まあ、その後は色々あって生と死の概念が生まれる訳だけれど。何だっけ、イザナミが百人殺すと言ったら、だったらイザナギは百五十人生み出してやるとかそんな類いのことだったかな?」
「そのよもつへぐいが、どう関わってくるんだ?」
「つまり、よもつへぐいというのは一番やってはいけないことだ。どうしても、元の世界に戻りたくないとかそういう事情がないのならね……。そうなったらこちらでも何も出来やしない。ただ、それは自分の意思だけで何とかなる訳じゃないんだよ。あちらの世界の存在だって、何とかして霊体を手に入れようと本気なのさ。未だ死ぬはずのない人間から魂をひっぺがして、強引にあちらの世界の食べ物を流し込み……、そうすれば未だ寿命が余っているのにもう生命としての活動は停止せざるを得なくなる。残念だが、仕方ないのだよ。だから、気をつけようとしても結果としてそうなってしまうことがある」
そしたらどうしようもないじゃないか。よもつへぐいは絶対に避けられないってことだよな。
「まあ、一番は興味本位でそういうところを覗かないこと。くねくねに八尺様、巨頭オは全て見に行かなければ済む話だったりする訳だから……。まあ、向こうからやって来たら逃れようがないねえ。寺生まれの人なんてそんな都合良く現れないし」
割と結構インターネットの知識があるようで驚いたよ。ぼくはオカルトに関わっている人間は総じてそういう知識がないものだとばかり思っていたからね。
「……馬鹿にしない方が良いと思うけれど。ぼく達だってインターネットは使える。寧ろ、順応していかなくてはならないのだよ。呪いの動画がインターネットの動画サイト経由で投稿された――なんて映画があっただろう? あれを見て『呪いも進化したなぁ』なんて他人事に思っていちゃ駄目だ。人間が想像したことは、例えどんなに突拍子もないことであったとしても実現出来る。それだけは理解しておいた方が良い。今のところは表に出てくることはない――正確に言えばその前にぼく達がパトロールしているからだけれど――、しかしながら、このまま放っておくといつか必ず表に出る。インターネットは広大だ。海と例えられることもあるけれど、その通りだと思う。その海から砂の一粒を探すような仕事なんだ。となると、確実に漏れが出てくる……が、それをしないようにするのがぼく達だ。絶対に失敗は許されない。呪いは、確実に生者を蝕むのだから」
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