第27話 日比谷線(2)

「これだけ電車が走っていると、車を持つ必要がなさそうですよね」


 次が秋葉原駅――といったところで、六花は急にそう言った。突然何を言い出すのか、なんて思ったけれど、普通に考えて話の流れは全くおかしくない。寧ろ自然な流れと言って差し支えないだろう。

 東京はあまり車を持つ若者が居ないらしい。というのも、東京は駐車場代が高いからだ。つまりは土地代が高いということの裏返しになるため、固定費が嵩むから車を持たないということだ。

 かつてはそれでは罷り通らなかったけれど、今はレンタカーやカーシェアリングという考えがある。自家用車を持つのが当たり前、という時代はとうに過ぎ去っている。それだけ日本人の考えが変わったということかもしれないけれど、しかしながら、地方では未だ自家用車がないと暮らしていけない現状だ。地方じゃ電車もバスも走っていないからな。だから十八歳になると――下手したら十八歳になる前から――自動車免許を取得するために自動車学校が混んでくるなんて話もあるぐらいだ。東京に住んでいて良かったかな、そこだけはメリットと言えるような気がする。


「利点かどうかと言われると微妙かと……。確かに、車を持つのは東京では大変かもしれませんけれど、免許は持っておいた方が良いのではありませんか? 何かと使い勝手が良いかと」


 まあ、レンタカーやカーシェアリングを使えば車に乗れるのだし、免許は持っておいて良いのかもしれないけれど、免許を取るにはそれなりにお金がかかる訳だ。安い買い物じゃない。しかも一度入学したら期限があって、その期限を過ぎると最初からやり直し――なんてこともあるらしい。そんな制度がどうして存在するのか、という話だけれど、実はこれは法律で定まっているようで、要するにこれを破ってしまうと法律違反になってしまう訳だ。確か自動車学校の指導員も国家資格になっているようで、受かるのはなかなか難しいなんて話も効いたことがある。……ただ、東京じゃやっぱり免許は必要ないよ。かつては身分証明書に一番使い勝手が良い――写真付きの身分証明書は限られていて、パスポートか免許証、或いは社員証や学生証などがあるのだけれど、写真を偽ってまで身分証明書を偽る人は居ないだろうから、精度は高いらしい――けれど、今はマイナンバーカードが流通してしまっている。マイナンバーカードは最初取る手間が面倒臭いけれど、それをクリアしてしまえば後は楽だ。ただ、コンビニで住民票が取れるとか言うけれど、それって東京都民にはあんまりメリットはないんだよな……、土日に区役所がやっている訳だし。確か名古屋では地下鉄の駅で住民票が取れるサービスをやっているらしいけれど、今も続けているのだろうか? マイナンバーカードが出てきたからお役御免、なんてなったりしていなければ良いけれど。地下鉄職員の仕事が減るから、彼らにとってはメリットなのかもしれないけれどね。

 秋葉原駅は相対式ホームとなっていた。地下鉄では一番ポピュラーなホームだ……。というのも、地下鉄は基本的には道路の下を走っている訳であって、道路からはみ出さないように掘り進めると、スペースが限られてしまう。その状態で島式ホームを作るのは難しいし、将来的に新駅を作るとなったら、ホームを作るために線路の幅を開けなくてはならない。これは非常に面倒臭い……。だから、基本的には相対式ホームとすることで、線路の工事を必要最低限に抑えることが出来る。簡単なようで、割と難しいらしいけれど――ただ、島式よりはマシかもしれないな。地下鉄は地上よりもかなりお金がかかるらしいし。


「秋葉原駅って来たことがないですけれど……、確か電気街でしたっけ?」


 秋葉原を電気街というのは、結構レアな存在なのかもしれないな……。秋葉原はかつては日本最大、いや世界最大の電気街なんて言われていた時代もあったのだけれど、ある日を境に、オタク文化の街へと変貌を遂げた。その最初のプロセスとしてあげられるのは、紛れもなくファミコンの流行だと思う。かつては電気街と言われていたので、家電量販店が軒を連ねていた。石丸電気やサトームセンもあった。けれど、ファミコンの発売によりゲームソフトショップが乱立し出すと、一気に変わってくる。その後バブル崩壊を経て家電が売れなくなってくると、元々裏通りにあったパソコンショップが幅を利かせるようになってくるのだ。澱を混ぜると浮かんでくる、あれと同じことだと思う……。その後プレイステーションの発売で多くの美少女ゲームが発売されるようになると、秋葉原はポップカルチャーの中心、なんて思われるようになる訳だ。

 ただ、一番秋葉原をオタクの街に仕立て上げた『犯人』をつるし上げるとするならば――。


「あ、これAKBの歌ですよね?」


 なんでサムライがAKBを知っているのかは甚だ疑問だけれど、逆に言ってしまえばそういう世間知らずな存在ですら知っているぐらい一般化に成功しているのかもしれない。

 秋葉原駅の発車チャイムは、秋葉原を舞台に活動を続けるアイドルグループ、AKB48の楽曲を使用している。AKB48が出てきた時は、会いに行けるアイドルを標榜していたんだっけ……。それが実際、テレビでも何処でも引っ張りだこになって、有名な芸能人をたくさん輩出してヒット作を連発している――商法には些か問題があるとしても――のだから、秋葉原の名前を世界に知らしめた功績はあると言えるだろう。


「そんなこと言っていますけれど……、ジョンさんは秋葉原に来たことは?」


 改札を出て、自動販売機に立ち寄る。これから鬼門の調査に入る訳だけれど、それにしても長かった……。いつまで経っても始まらないから、少し焦ったよ。このまま本題に入らないままぐだぐだ喋っているだけで時間が過ぎてしまうのはどうかと思うのだけれど、しかし、これがぼくのプロセスだから仕方ないのかもしれない。

 それにしても、秋葉原に来たことは……、何度かある。一番知っているのはラジオ会館かな。サトームセンも石丸電気もなくなってしまったけれど、ラジオ会館だけは未だ残っている。とはいえ、かつての旧会館はなくなってしまったんだったかな? かつてはラジオ会館の一階はガチャガチャコーナーがあって、その上にレンタルショーケースとか言って、ショーケースを貸してくれる場所があったんだよな。そこに展示して、欲しい人が居れば売れるってシステム。値段も自分で付けられたし、売り上げは確か少し手数料が差し引かれて貰えるとかだったかな。今思うとあれメルカリとかのフリマアプリの原型と言っても過言ではないような……。


「サトームセンって、今はもうないんですか?」


 ないぞ。あなたの近所の秋葉原、がキャッチコピーだったかな。今はヤマダ電機の傘下なんだっけ? ジャガーの擬人化みたいな存在が夜のお店をローラースケートみたいに滑って歌うんだよな。確かめよう見つけよう素敵なサムシング、って。


「……それ、全国CMじゃないですよね……?」

「……え、いやいや、そんな訳が……」


 ないはずだ――と思ってぼくは大急ぎで検索欄に打ち込む。『サトームセン CM』と。すると直ぐに百科事典のページが出てくるのでぼくはページをひたすら見てみる……。


「ば、馬鹿な……。サトームセンのCMは関東ローカル……だと? あんなに見ていたCMだったのに? それじゃあオノデンは? オノデンボウヤは?」


 そうぼくが言っても六花は無反応だった……。馬鹿な! 東京は全てのコンテンツが集まる場所ではなかったのか! しかし、今思うと名古屋に行った友人が途中下車の旅も王様のブランチも放送されていないなんて言っていたような気がする。馬鹿な……、ぼくの土曜日のテレビ番組が消滅してしまっているぞ。その時、名古屋民は何を見るんだ? 王様のブランチがやっていないということは、その時間は名古屋のローカル番組を放送しているのだと思うが……。

 

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