第19話 花園神社(2)

「それはそれとして……。凄い混んでいますね……」


 気がつけばぼく達は新宿駅のバスターミナルへとやって来ていた。高速バスや夜行バスが止まるバスタ新宿ではなくて、都バスが良く止まる百貨店の傍のあそこだ。


「で、花園神社までバスで向かおうって訳か。……別に徒歩でも良かったのでは?」

「そうはいきません。わたしはこれでも方向音痴ですから」


 誇るな誇るな。

 そういうマイナスな点は誇って良いことじゃねえよ。


「皆遊んでいるようですけれど……。何で遊んでいるんでしょうか? スマートフォンだけではなくて、どうやらゲーム機? で遊んでいるようですけれど……」

「あれはな、ニンテンドースイッチっていうんだよ。据置ゲーム機と携帯ゲーム機のいいとこ取りをしたゲーム機だな。最初は、まーた任天堂が変わり種のゲーム機を出してきたよ、なんて冷淡な反応が多かったようだけれど、ローンチに出したブレスオブザワイルドが名作中の名作だったこともあって、気がつけば国内で飛ぶように売れた」


 確か、昨年から流行した感染症でも、巣ごもり需要とかでとんでもなく売れたなんて聞いたことがある。そりゃあ、ささくれ立った世の中を憂いて、皆無人島生活とか大乱闘とか狩猟生活とかし出すよね。


「へえ。じゃあ、どうしてスマートフォンと食い合わないんですか? スマートフォンは基本無料のゲームが多いって聞きましたけれど。その流れで行けば、より遊びやすい方向に転がっていくのでは?」


 それがそうとも行かないんだよな。基本無料――それは確かに素晴らしいことだし、実際ダウンロードするだけで遊ぶことは出来る。でもな、問題があるんだよな。その一番の問題がガチャ。大抵こういうゲームってキャラや装備で売ろうとしている訳で、定期的に新しいキャラを出してくる。そしてそのキャラは大抵強い。パワーバランスがインフレを起こすぐらいだ。そしてそのキャラを出すための唯一と言っても良い手段こそが、ガチャ。一回回すごとに石が何個とかかかる訳だけれど、無料で貰えるのには限界がある。そしてキャラが出やすい期間というのも限られている。となるとどうすれば良いかというと、そこで初めてお金を入れる訳だな。それで良いキャラが出なかったら、勢いでゲームをアンインストールする人も居るらしいけれど、まあ、それで済めば傷は浅くて。定期的に数万円課金している人だって居るけれど、それを他のお金に回したら相当余裕が持てると思うのだけれどね?


「……へえ、良く分からないけれど、凄い時代なんですね……」


 まるでタイムスリップをしてきたサムライのような言い方――いや、実際サムライだけれどね――をした六花。全員が全員そういう遊び方をしているとは言わない。何せ、無課金でどれだけ遊べるかを常にやっているユーザーだって、居ないことはないのだ。そして、逆に幾ら課金したかで自らのステータスにする人も居る。ソシャゲを遊ばないぼくからしてみれば、所詮データにつぎ込んだところで、そのデータが永遠に残る訳ではないのだから、お金をつぎ込む先は慎重にするべきだと思うけれどね。


「何だか経験したことがあるような発言というのが気になりますけれど……。でも、面白そうですね。少し遊んでみたいかも……」

「辞めとけ辞めとけ。欲しいキャラが出なくて課金してみたけれど全く出なかったから泣き寝入りするのがオチだぞ。噂で聞いたけれど、かなりの金額を課金した人がその限定キャラを手に入れた次の日にキャラの性能が修正されて運営に返金要求したケースだってあるんだから」

「……ほんとうに経験ないんですよね? ジョンさんは」


 ないよ。全く。

 ソシャゲは時間を金で買うゲームだからな……。時間さえあるなら何とかなるゲームならまだしも、時間があってもそれなりに課金しないとやっていけないゲームならたちが悪い。そういうゲームって一瞬は潤っているかもしれないけれど、いざメディアミックスをした時に惨敗することがあるんだよな。アニメとか映画で凄惨たる目に遭っているのを何度かインターネットで見たことがある。

 とまあ、そんなことを考えているとぼく達の列の前にバスがやって来た。横の幕には早稲田行きと書かれている。正確には幕ではなくて電光掲示板なので、LEDだか発光ダイオードだかが発光して文字を表現しているだけに過ぎないのだけれど。


「そういえば、ICカードは持っているのか? Suicaとかあると便利だけれど」

「西瓜を持ち歩いたところで何の意味が……? 水分補給にはぴったりかと思いますが……」


 アンジャッシュのコントじゃないんだから、すれ違いをしないでもらいたい。まさかとは思うけれどほんとうにSuicaのことを知らないのか……。当然ながら、ここで言うSuicaは果物の西瓜ではなくてICカードのSuicaのことを言っている。JR東日本の影の社長とも言われているペンギンが描かれているアレのことだ。……それにしても、どうしてSuicaにはペンギンが描かれているんだろうか? ペンギンが有名――って訳でもないだろうし。単純にキャラクターとして可愛いから、とかそんな安直な理由だったりして。

 そういえばさっきの大江戸線の乗車――正確に言うと事務所の最寄り駅である若松河田駅の乗車と、都庁前駅の降車――では一度もSuicaを使う素振りを見せていなかった。恐る恐る自動券売機で切符を購入して、いちいち自動音声に反応していたっけ……。ありがとうございました、って声にお辞儀していたし。そんな人間が未だこの世に居るんだな……、天然記念物というか化石ってレベルだけれど。


「別に、バスは運賃を支払えば良いのでは? 小銭を用意するのが大変ですけれど、都バスは何処まで乗っても均一運賃なのが有難いところですし。色々なところを蜘蛛の巣のように張り巡らせているので歩く必要は殆どありませんからね」


 いや、まあ、それはそうなんだけれどさ。でも、ICカードも一度慣れちゃうと楽だぜ? 何処から何処まで乗ったとかいう記録も直ぐに分かるし、デビットカードの亜種みたいなものだから、色々な場所で支払いも出来るからな。それも上限金額はチャージした金額だけだし、そのチャージ金額も二万円までが上限と決まっている。だから使いすぎもないし、結構安心だったりする。まあ、デビットカードやクレジットカードより信頼性は一段階どころか五段階ぐらい下がるけれど。


「ともあれ、バスに乗るのは初めてではなさそうだし、それならスムーズに乗車出来るかな?」

「馬鹿にしないでください。わたしだって、東京に住んでいるんです。バスの一つや二つぐらい……」

『IC読み取り機にタッチしてください』

「………………はい?」


 バスの入口に設置されている機械から発せられた音声――つまり、ICカードの読み取り部分のことを説明している――を聞いて、フリーズしてしまう六花。


「……あー、二人分で」


 そういうことは想定内だったぼくは、即座に自分のスマートフォンを取り出して運転手にそう言った。運転手は慣れた手つきで機械のボタンを操作して、直ぐに画面の表示が二人分の運賃となった。それを確認したので、ぼくはすかさずIC読み取り機にスマートフォンを近づける。ぴっ、という電子音が聞こえたので直ぐに離すと、六花をバスの奥へと追いやるのだった。


「……バスの一つや二つぐらい、なんだって?」

「さっきのことは言わなかったことにしてもらえますか……」


 少しだけ六花の顔が紅潮しているようだったけれど、これ以上突っ込むのも可哀想だから辞めることにした。


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