第56話 この道の先に。その4

「おぉ~!由樹ちゃんの実家の店って、凄いなぁ」


「本当ですね。まるで由樹さんの為にあるような、美しい洋風の建物ですね」


「オーナー、俺は庭を見てきます。こんな機会でもないとじっくり見られないし」


「ハハハ、陽毅くんは妙にテンションが上がっているようですね。では私もご一緒しましょうか」



今日は喫茶店『樹ーJYUー』は、貸切状態。

由樹の誕生日パーティが開かれるからか、前回来たときより華やかに飾られていた。


入り口では、この間出迎えてくれた女性ではなく、(もう1人のスタッフだろうか?)タキシードを着た男性が招待客を案内し、忙しそうに対応していた。


一体……何人来るんだ?

豪勢というか、盛大というか……凄いことになってるな。



「すみません、桜井です。この度は、おめでとうございます」


「ありがとうございます。遠い所、よく来てくださいました。桜井様、またお会いできて嬉しいです」


男性のスタッフらしき人に、琉斗が挨拶していた。


その男性が、俺を見て笑顔で話し掛けてきたのだ。

……何処かで会ったことあったか?


「兄さん……お知り合いでしたか」


「えっ……と、すみません。どちらでお会いしましたか?」


……見たことあるような気もするが、思い出せないな。



「アハハ、そうですね。この格好だと分かりにくいか。私は近くの駅で駅員をしている中山です」


「あ、あぁ~!あの時の駅員さんでしたか。失礼しました。その節は、お世話になりました」


髪もビシッとしていて、紳士的だし……てっきりスタッフかと勘違いしてしまった。


駅員をしているから、そりゃ接客に慣れているよな……。



「それはそうと、今日は何故ここに?」


「あぁ、今日は由樹ちゃんの誕生日祝もあるのですが、ちょっと別のお祝い事もありまして……それで私が手伝いをしているんですよ」


……別のお祝い事?

なるほど、何か他にあるからこんなに盛大なのか。


内容を聞いたら、その時まで秘密らしい。

……何が起こるのだろうか。


「兄さん、そろそろあちらに行きましょう。長居をしては邪魔になってしまいますよ?では、中山さん……僕達は失礼します。後程楽しみにしています」


「はい、後程。桜井様、どうぞ楽しんでいってください」


「ありがとうございます」


俺達は中山さんに挨拶をし、建物の中に入っていった。



「おぉ、素晴らしい内装ですね。ヨーロッパ調かなぁ?彼女を連れてきたい場所ですね~」


「あぁ、そうだな」


琉斗は店の中を眺めては感心していた。

俺はというと……今日の主役を探していた。


……由樹の姿が見えないな。

一体、何処にいるのだろうか……。


「お前達、やっと来たか。隼斗に招待状を届けるようにと頼んだのは正解だったな」


「お祖父さん、お気遣い下さり、ありがとうございました。お祖父さんのお陰で、こうして出席することが出来ましたよ」


「ハッハッハ~!祖父として当然の事をしたまでだ。おぉ、貴方は!お久しぶりですね」



祖父は俺の発した言葉に満足したのか、知人の所に行ってしまった。


……祖父のこういう性格は、隼斗がしっかり受け継いだんだな。

良いのか悪いのか、遺伝って恐ろしい……。



「……兄さん、こっちに来てください」


「何だ?」


いつの間にか何処かに行ってしまっていた琉斗が、俺のいる場所戻ってきた。


そんなに慌ててどうしたんだ?

慌てているが、驚いてもいるな……。


琉斗が凄い勢いで俺を引っ張っていく。


「ほら、見てください!」


連れてこられたのは、中庭。

そこには、とても会いたかった人がいた。


太陽の光の下で、キラキラと輝く由樹の姿を見ることが出来た……。



……やっと会えた。

2年ぶりといっても、他の人には短くも長くも感じる時間。


だが、俺は会いたいと思えば思うほど、とてもとても長く感じた時間だった……。


由樹があんなに眩しい笑顔で、招待客に話し掛けている。


太陽のように眩しい笑顔の由樹、向日葵のようにあたたかい微笑みをくれる由樹、月の光のように優しい眼差しを向けてくれる由樹……。


愛しい、愛しい……由樹。


あぁ、こんなに由樹が近くにいる。


それだけで、俺は涙が出そうなくらい……嬉しかった。



「兄さん、来て良かったですね。さぁ、僕達も御祝いを言いに行きましょう」


「あぁ……」


琉斗は俺を見て苦笑していた。

多分、由樹を見て呆然としてしまっていたのかもしれないな。


歩みを進めるにつれて、当たり前だが……由樹との距離は近くなっていく。


そして手が届く距離になった時、頭の中が真っ白になってしまった。


……何を話せば良いのか。


俺ともあろうものが、緊張して軽い挨拶さえ出来なくなっていたのだった。



「由樹さん、誕生日おめでとうございます」


「あっ、琉斗さん!ありがとうございます。来てくださったんですね」


由樹さんは、以前と変わらず素敵な笑顔で俺に話し掛けてくれた。

いや……今日は特別、以前より増しで感じたかも。


兄さんはというと、由樹さんを見てただ立っていた。

……ここぞという時って、こうなるんですよね。

特に、由樹さんが絡むと……ですけど。



兄さん、俺はこのまま黙って様子を見ることにしますよ?

今日は久しぶりの再会ですからね、思う存分由樹さんとの時間を過ごしてください。



「……由樹、誕生日おめでとう」


「蓮斗さん……ありがとうございます」


蓮斗さんに会えた。

すごく久しぶりだし嬉しくて、自然と笑顔が出てしまう。


ここでの時間があっという間で、だけど2年も経ってしまって……。


私を見て何を言って良いかわからないという、蓮斗さんの表情やしぐさは相変わらずで……それもまた嬉しくなった。


お店、忙しかったのかな……少しやつれたようにも見える。


私と別れたあの日から、今日まで……どんな日を過ごしていましたか?


……恋人はいるのかな。


私の為に別れてくれたのに、自分勝手な想いばかりが巡ってくる。

そして、それが……次に出てくる言葉を私から奪っていた。



「あっ、由樹ちゃーん!誕生日おめでとう~」


「由樹、おめでとう」


「由樹さん、誕生日おめでとうございます」



「光さん、陽毅さん、剛士さんまで来てくださったんですね!皆さん、ありがとうございます」


蓮斗くん、光くんのナイスフォローが役に立ちましたね。

……フォローかどうかは謎ですけど。


遠くにいた私達は、2人が最初に言葉を交わした後、動かなくなったのを見て……助け船を出しに来ました。


まぁ、予想できた展開ですが……せっかくの機会だというのに動かないとは、困った人ですね。




「由樹ちゃん、とっても綺麗だよ!そのドレス、誰のデザイン?」


……光くん、それをここで言いますか。

さすがというか、まぁ……こういう人でしたね。



「えっと……誰でしょうか。あとで聞いてみますね」


「わ~い、ありがとう!」


……確かに、良いデザインのドレスですね。

私も後で教えてもらいましょうか。


我が愛する妻に、プレゼントしたくなりました。


今から注文すれば、結婚記念日に間に合うかもしれません。

サイズは把握していますから大丈夫ですし、これで完璧ですね。


妻の喜ぶ姿が目に浮かびます……。



「由樹……」



「由樹ちゃん、ごめん。ちょっと来て欲しいんだ」


「はい、今行きますね」


由樹に声を掛けようとしたが、中山さんが呼びに来て一緒に行ってしまった……。


俺はここまで来たのに、まともに話すら出来ないなんて……情けない。


「ほら……オーナー、めげてる場合じゃないですよ。あそこ、見てください。若いイケメンが由樹と話してますよ」


陽毅が由樹と話している男性を見て、俺に報告してきた。


ここからでは角度が悪くて、顔が良く見えない。


だが、陽毅の言う通り……由樹が男性と笑顔で話している。

……しかも、かなり親しそうだ。



「……もしかして、由樹ちゃんの彼氏ですかね?」


……彼氏か。

あり得ない話ではないよな。


2年も会わなかったんだ……由樹に相手がいてもおかしくはないんだ。



「光くん、不確かなことは言わない方が良いですよ。もしかしたら、仲の良い友達の可能性だってありますしね」


「そうかなぁ~?だって、あんなに嬉しそうに話してるし……怪しいと思うけどなぁ」


……だよな。

由樹はあんなに可愛いんだ、彼氏がいない訳が無い。

だから、光が言う通り……アイツは彼氏だ。




「もし、そうだとしても……由樹さんを祝ってあげなくては。私達は、その為に来たのですからね」


「はい!」


全く……光くんは余計な事を。

せっかく蓮斗くんが頑張ろうとしていたのに、戦意喪失ですよ。


まぁ……彼氏が登場してきたのでは、そうなっても仕方無いかもしれませんが……。


でも私だったら、相手に好きな人がいたとしても……自分に好意をもつように仕向けますけどね。


だって、まだ由樹さんは結婚していないし……間に合うでしょ?


蓮斗くんが諦めるのは、まだ早い……。

私はそう思います。

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