第50話 光、店長代行をする。その2
「蓮斗さん、私達が居なくて……お店は大丈夫でしょうか?」
「なんとかなるだろ。それより、由樹……ほらこれ美味いぞ」
電車の窓から外を眺めて心配そうにしている由樹に、駅で買った弁当を手渡した。
「あっ、これ……紐を引くと熱くなるやつですよね?1度やってみたかったんです!」
由樹が心配するのも分かるが、俺は由樹との旅行を楽しみたい。
「かなり熱くなるみたいだぞ?由樹……気を付けろ」
「はい。蓮斗さん、ありがとうございます」
ほら、こんな風に……誰にも邪魔されずに俺達の時間を楽しむなんて、滅多に無いだろ?
家にいる時は、光や琉斗を気にして部屋に連れ込むことなんて出来ないし。
かと言って、外に連れ出すにしても……次の朝が早いから朝帰りなんて出来ないしな。
このチャンスを逃したら、いつ由樹とこうして触れ合えるか分からない。
だから、どうしても今日のこの旅行は、絶対に実行したかったんだ。
「ところで、どこに行くんですか?蓮斗さんに行き先聞いてなかったなぁって……」
行き先か……特に言ってはいなかったが、きっと由樹は驚くだろうな。
「着くまでの楽しみにしておけ」
「はい、そうしますね」
もし、アイツ等に行き先を聞かれたら……由樹は教えてしまうかもしれないし、皆で押し掛けてくるかもしれない。
そんな事されたら、この旅行はただの社員旅行に……いや、『社員旅行リベンジ!』とか言い出すに違いない。
絶対にあり得ないぞ!
俺の計画を邪魔するな!
「……蓮斗さん、険しい顔をしてますが……何か心配事ですか?」
「あ、いや……何でもない。俺も店の心配をしていただけだ」
まずい……俺とした事が顔に出ていたか。
楽しい旅行にしたいのに、最初からダメじゃないか……。
まだ目的地は先なのに……大丈夫か?
いやいや、めげるな俺。
頑張れ、俺!
「蓮斗さん、私……引き返していいですか?」
「何故だ?せっかく来たのに」
とある駅に着いた途端、由樹の表情は険しくなっていた。
「……これ以上は行きたくないからです」
おい、由樹……それじゃ理由にならないだろ。
まぁ……由樹が拒む理由を知っていて、黙って連れてきた俺が悪いんだけどな。
「そうか、じゃ……由樹はここで待っているといい。俺は用事を済ませて戻るから」
『絶対に待っていろよ?』と念を押し、俺は駅を出てとある場所へと向かった。
ピンポーン……。
「こんにちは、桜井です」
『お待ちしていました。今、開けます』
ここは、由樹の実家。
俺の師匠である由樹の伯父から場所を聞いて、今日のこの時間に訪問すると連絡していた。
住宅街の中の、2階建ての一軒家。
ごく普通の一般家庭が住む家だな……。
カチャ……。
「遠いところ、来てくださってありがとうございます。父も母も仕事が忙しくて、私しか居ませんが……」
「いえ、お時間をいただきありがとうございます」
玄関を開けてくれたのは、成人したばかりの由樹の弟だろう。
なかなかの好青年だ。
「どうぞ、上がってください」
「はい、では失礼します」
俺は玄関で靴を脱いで家に上がると、弟さんの後について行った。
「ここでお待ちください。今、飲み物持ってきます」
「あ、お構い無く……」
弟さんは俺の言葉を待たず、台所へ行ってしまった。
ここは茶の間。
ここからは、庭に植えられているの草木が良く見えて、なかなかの景色が楽しめる。
俺達の家とは違う……生活音も聞こえてくるしな。
一家団らんとか普通にあるんだろうな。
……俺の実家とは大違いだな。
『由樹は、昔……家庭で何かあったみたいなんだよ。それで居場所がなくなって家を出たらしい。それからは、俺がずっと預かっていたんだ』
高校生の由樹が、遠方の伯父の店にアルバイトをしていた訳……それは師匠でも分からないそうだ。
そして、ただの居候は嫌だと……由樹が自ら働かせて下さいと願い出てそうだ。
……一体何があったのか、このままではダメだと思い俺が黙って連れてきたが、まさかあんなに拒絶するとは思わなかった……。
「いらっしゃいませ~!」
暫くは俺が店長かぁ~。
瞳ちゃんにも自慢出来るし、何かいい気分だなぁ~。
「すみませ~ん、注文お願いします!」
「はい、お伺いします!」
店長になったからか、気合いの入り方が違うし、ミスもしないし良いことだらけ。
このまま蓮斗さん達が帰って来なくても、全く問題ないんじゃないかな~?
「……光、張り切ってますね」
「そうですね。いい傾向だと思いますし、このまま頑張ってくれそうですね」
「……安心しない方が良いですよ?あの光だし、そのうち何かやりそうだから」
……そうですね。
あの光だから、調子に乗ると大変ですし。
しっかり注意して見ておかなくては。
それでも、光は今回の事で少しは成長した様な気がします。
……少しは、ですけどね。
はぁ……。
兄さん達は、楽しくやってるんでしょうね。
俺も彼女と何処かに行こうかなぁ~。
「あっ、光さん!」
「瞳ちゃ~ん!来てくれたんだ~」
今日のお昼休みは、お弁当持参じゃなくてうちに来てくれたんだ。
偶然とはいえ店長になった日に来てくれるなんて、運命を感じちゃうなぁ……。
「光さん、今日のランチは何ですか?」
「今日はね~」
……えっと、何だっけ?
確か何処かに書いたボードを置いた筈なんだけど……。
「本日のランチは、こちらのメニューに書いてある2つです。ご飯かパンか選べますので、お好きな方を仰ってくださいね?」
「はい、ありがとうございます!」
……琉斗さんがナイスタイミングで現れてくれて助かった……。
瞳ちゃんが来たから、舞い上がって失敗するところだった。
これじゃ店長失格だよな。
よし、気合い入れ直して頑張るぞ!
「はぁ……疲れた」
「1日目でそのザマか、思っていたより体力無いな」
陽毅さんがソファに倒れ込んだ俺を見て、『意気込んでいたのに、ダメだな~』と苦笑している。
そんな事言ったって、思っていたより店長って大変だったんだよ……。
蓮斗さんは、いつも俺達……いや、俺に怒鳴っていたりして楽そうだなって思っていたのに、こんなに大変な事を毎日していたなんて……。
「光にしては、頑張りましたよね。明日も、出来そうならば続けてやってもらいたいくらいです」
本当に!?
琉斗さんにそう言ってもらえるなら、自信持って良いのかな~?
「……そうですね、光くんは頑張りましたよ。ですが、もし明日の店長代理が無理ならば……」
「そうだな……。でも、すぐにソファに倒れ込んだしなぁ、明日は無……」
いやいや、無理じゃないですっ!
ちょっとソファに倒れてみただけだしっ。
「だ、大丈夫ですっ!俺、こう見えても体力には自信があるし、今日よりは明日の方がもっと動けると思います!」
今日よりも明日、明日より明後日ですよ!
「そうですか?それは良かったです。では、明日もよろしくお願いします」
「はい、任せてください!」
「光くん、頼りにしています」
「光、断るなら今のうちだぞ~」
いやいや、断るだなんてとんでもない!
喜んで店長をさせていただきますっ。
あぁ~嬉しいなぁ。
皆に期待されているなんて知らなかったから、俺のテンションが上がりまくりだよ。
この勇姿を、蓮斗さんにも見せてあげたいなぁ~。
きっと『光、随分と頼もしくなったな!』って、俺の成長を喜んでくれる筈。
そう思ったら、何日……いや、何ヵ月だって2人の帰りを待てるかも。
あぁ、2人に会うのが楽しみだ~!
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