閑話29 その時宗重は……
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次の戦の要となるユグホウラとの連携。
それを改めて認識するためと今後の関係構築のために、当主同士の会談を希望したのはこちらだった。
こちらから希望をした以上は相手方の方に向かうことになると準備を進めていたのだが、あちらが提案してきたのは当家の屋敷での会談を希望するというものだった。
こちらとしては願ってもない提案だったのですぐに受けたのだが、それがよかったのかどうかは会談が終わった今でも悩ましいところだ。
そもそもこの時期に会談を申し込んだのは戦が始まる前に一目会っておきたかったということもあるのだが、それ以上にユグホウラの実態を少しでも掴んでおきたいという目的があったのだ。
普段やり取りしている魔物は当然のこととして、以前までは最初の頃に我と話をしていたクインという者は、とてもではないが我らが歯向かったところで勝てるような相手とは思えない。
そんな存在を使いとして出せるような存在なのだから、その上に立つ者も強者なのだろうという想像は成り立つ。
幸いにしてユグホウラは単純に力だけで制圧しようとはせずに、話し合いによる関係構築を求めていることはわかるで、今回の会談も乗ってくるだろうという思惑もあった。
屋敷の使用人には重要な客人が来るということだけは伝えておいて、準備はしっかりと整えておいた。
すでに屋敷の者にはクイン殿の関係者が魔物の一種であることは伝わっているので、よほどのことがない限りは不埒な態度に出る者はいないはずだ。
さらにいえばクイン殿が所属している組織が魔物の集団であることも伝えているので、その客人となれば魔物そのものがきたとしても驚くことはないだろう。
問題があるとすればその魔物当人が暴れ出してしまうことだが……クイン殿やその関係者を見ている限りではそんなことは起こらないだろうと確信しているた。
準備万端でユグホウラの関係者を迎え入れることができたのだが、いよいよその当人たちを目の前にして一気にその緊張が高まることになった。
ここまで思考が停止してしまうのは、子供の頃に圧倒的な強さを見せた武人を見た時以来ではないかと思えるほどだった。
まずクイン殿を始めとした当主と思しき青年の周りにいる魔物たちが、これまたそれぞれとんでもない風格を放っていた。
特に熊の姿をした魔物は、その大きさもさることながら動き自体が身のこなしも含めて普通ではあり得ないような軽やかささえ見せている。
他にもクイン殿やその熊の魔物には及ばない……と思いたいが、それでもまず勝ち目がないであろうと一目でわかる魔物が目的の人物の周囲を固めていた。
その魔物たちの様子を見て、変に戦士どもで周囲を固めなくてよかったと心底安心していた。
もしその戦士が少しでも変な動きを見せようものなら、その魔物たちは容赦なく牙をむいてきただろう。
いや、もしかすると全く気にすることなく見逃してくれたかもしれないが、そちらの方が逆に恐ろしささえ感じたかもしれない。
そんな歯向かうだけ無駄だと思わせる魔物に囲まれた当人はといえば、これまた普通ではありえないような様子をしていた。
第一印象は、ごく普通にどこにでもいるようなあまり特徴のない青年というものだったのだ。
だがその印象は、ほんの数秒も経たないうちに一気に塗り替えられることになる。
それもそのはずで、見ているだけで震えてくるような魔物の集団に囲まれているのに、恐ろしさどころかそれが当然という顔をして歩いているのだ。
それに気づいた時には、一瞬背中を冷たい汗が流れているのではないかと感じたほどだ。
周囲をともに歩いている魔物とは違って、当人からは全くと言っていいほど強者としての匂いは感じない。
だが魔物の世界でそんなことがあり得るはずもなく、ということは逆にいえば強者としての気配を全く感じさせないほどにそれを隠すことに成功しているということになる。
むしろそんなことができる存在がいるのかと、気付いた時には冬に向けて寒くなり始めた気温ではない冷気を感じることになった。
さらにその冷気に気付かなかったフリをすることができたそのすぐ後に、ほんの一瞬だけその青年から膨大な量の魔力を感じ取ることとなった。
その魔力を感じた瞬間、気付いた時には豪族の当主としての威厳などかなぐり捨てて膝をついてしまっていた。
周りを見れば我と同じように跪いている者たちばかりだったので、体裁を繕う必要はなかったと内心で安堵した。
この時点でユグホウラと我がツガル家の関係は決まったようなものなのだが、それでも一豪族の当主としてはあまりいい状態であるとは言えない。
目の前にいる青年が世界樹の化身であることはわかっているので、周囲にいる重鎮たちが今更気にするようなこともないかもしれないが、それでもある程度は取り繕う必要がある。
それはわかっていてもあの魔力を感じ取ってしまえば、簡単に頭を上げる気にはなれなかった。
そんな我の葛藤が分かったのかどうかは不明だが、頭を下げている当の本人から戸惑ったような様子で声を掛けられることになった。
「宗重殿、豪族の当主がそのような姿をするのはいささか問題だと思うのですが……?」
「何を仰いますか。あなた様は紛れもなく世界樹様。それが分かったからこそこうして拝礼させていただいているのです」
「あ~。いや、うん。言いたいことはわかったから、まずは頭を上げてもらおうか。そうしないといつまで経ってもまともに話もできない」
「これは失礼をいたしました。確かにこのような場に長々と留め置くわけには参りませんな」
我が意を得たりといわんばかりにどうにか気持ちを持ち直して立ち上がることができたが、それもこれも世界樹の化身殿の配慮があったからだ。
その気持ちを誤魔化すようにすぐさま配下の者たちに彼らを迎え入れるように指示を出したのだが、果たしてそれで上手く行ったかどうか……。
少なくとも化身殿の斜め後ろに控えているクイン殿には、ばれているのだろうと思わざるを得ない。
他の眷属たちは、正直なところ初対面なのでよくわからなかった。
特に熊の魔物の方は、すべてが熊そのものなので表情など読めるはずもない。
とにかくいきなり圧倒されて始まった対面だったが、その後の話し合いは特に変わったこともなく予定通りに進んだ。
もしかするとあの圧倒的な力量をもってして恭順を強制してくる可能性も考えたが、それどころか最初の対応以来こちらとの関係を気にしている様子さえ見られた。
それを見て今後の関係も大丈夫だろうと、安心したほどだ。
世界樹の化身殿という圧倒的強者がいる限りは、ユグホウラがおかしな真似をしてくることは無いと思えるくらいに順調すぎるほど順調に話し合いは終えることとなった。
その後化身殿は笑顔を浮かべて屋敷から去って行くことになったのだが、他の魔物と共に行かずにこの後話すことがあると言って残ったクイン殿の言葉はツガル家の命運を決めるものとなる。
「宗重殿。主様はああいうお方だということが身に染みて理解できたと思いますが、決して甘えたりしないように」
「さて。どういうことですかな?」
「主様がツガル家に望んでいるのは、あくまでも対等ではなく平等な関係性です。そこを間違われると、主様はともかく眷属たちから睨まれることになります」
「対等ではなく平等、か。……なるほど、あの力を間近で見せられるとよくわかる言葉ですな」
「主様は力による支配は望んでおりません。特に人族を相手にした場合は。その意味をよく考えるとよろしいかと……と難しいことを言いましたが、要はツガル家が今のままの関係性を続けられるのであればユグホウラが裏切ることはありません」
「それは確かに我が家にとっては、重要な言葉ですな。――十分、気を付けるとしましょう」
「人の世とは世代によっても大きく変わっていく可能性があるもの。宗重殿が、どうツガル家を残していくのか。その手腕を見守らせていただきますよ」
いかにも人族とは違った寿命を持っている魔物らしいその言葉に、一家の当主として一番考えるべき問題を突き付けられたと――そう思わざるを得ないクイン殿の言葉であった。
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