(10)進化の影響
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分体生成を使ってホーム周辺に出現するとともに、本体の傍で作業をしているアイに気付いて話しかけ――ようとしたところでいつもと違う感覚に気が付いた。
「お、おおっ……? 足に感覚がある!?」
その声で気付いたのかアイが作業する手を止めてこちらに振り向――いたところで、珍しいことに長い間驚いた顔をしていた。
本体の傍にはアイだけではなくファイやシルクもいたのだが、同じように驚いていた。
だが俺自身はそれどころではなく、いつもと違った感覚に感動を覚えていた。
「――もしかしなくても、五感が人のものに近づいているのか? ……ってか、目線が!?」
「ご主人様、随分と成長されているようです」
一人でテンパリかけていた俺に、冷静さを取り戻したアイが近寄ってきてそう助言をしてきた。
アイの言葉を聞いて落ち着きを取り戻した俺は、改めて自分の状況を確認する。
いったん落ち着いて状況を確認してみれば、今の自分が転生する前の状態により近くなっていることがわかった。
より近いというのは、おっさんになりかかっていたはずなのが二十前後の若々しさを取り戻しているかのように見えたからだ。
ちなみに魔法で作った水鏡で自分の姿を確認したが、残念ながら顔面偏差値はイケメンでもブサというわけでもないごく普通ののっぺりとした顔だった。
顔面偏差値のことはともかくとして、五感を取り戻したことは素直にうれしい。
この場合の五感というのは、普通の人に備わっている味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚のことだ。
ただしそれらの五感は、人であった時よりも感覚としてははるかに強くなっているように感じる。
例えば口で息を吸った時には、わずかに「味」を感じることができるようになったといえばいいだろう。
特に嗅覚に代表されると思うが、五感が強くなると困ったことが起こることもありえるのだが、今のところそれで変な状態になるようなことにはなっていない。
立って匂いを嗅いでいるだけで、周辺の香りが人でいた時よりも強く感じていることはわかるのだが、香りの刺激が強すぎて困るといったことにはならないようだった。
五感が強くなっていること自体を、刺激を受け止めている脳が「そういうものだ」と認識しているのだろう。
五感が強くなった分、感じる不快感も強くなると困ったことになるので、この恩恵(?)はありがたく受け取っておくことにした。
そんなことをゆっくりと確認していた俺だが、ふと現状を認識して戸惑うことになる。
というのもいつの間にか集まっていた眷属たちが、それぞれの姿勢で最大限の敬意を示していたのだ。
「――ええと……? 改まってどうしたの?」
「……ご自身ではお気づきでないのですか。今の主様は、以前とは比べ物にならないほど『ご威光』が増されております」
「ご威光……? なにそれ?」
まさか自分の周りで淡く光っていたりするのかと慌てて体を確認してみたが、勿論そんなことにはなっていなかった。
その後詳しく聞いてみると、どうやら俺から感じられる世界樹の魔力が以前と比較しても比べものにならないくらいに増えているらしい。
世界樹の魔力の影響を受けて活動している眷属たちからすれば、その圧力は神威とも受け取れるようなものに感じられるそうだ。
それらの話を聞いて一応納得はした俺だったが、すぐに以前と同じように対応してほしいとお願いした。
そうしないといつまで経っても話が進められない。
アイなんかは以前のぶっきらぼうな口調は完全になくなってしまっているが、そこは変に強制しても意味がないので好きにさせている。
アイ以外もそれぞれ微妙に態度が変わっているところがあるが、そこも一々指摘するのはやめておく。
「――そういえば、進化するのにどれくらいかかったのかな?」
「約ひと月ほどでしょうか」
「え。そんなに? 思ったよりもかかったな」
本体の中で色々しているときにも時間が経っているという感覚はあったが、それよりも時間が経過していた。
「我々としては、最初の一週間はともかくそれ以降は色々な変化が見られたのでそこまで心配はしなかったです」
「そうなんだ。……色々な変化?」
「そうですね。本当に色々ありました」
首を傾げる俺に、クインが少し微笑みながら説明をしてきた。
聞くところによれば、最初の一週間は本当に何事もなく眠っているかのように感じたとのこと。
それ以降は木自体が大きく成長したり、中の魔力が色々と動きだしたり、急に本体の周囲がところどころ淡く光り出したりと本当に様々なことが起こっていたようだ。
もっともそのお陰で、眷属たちも世界樹の活動が停止したわけではないと感じられたので安心したというわけだ。
俺が世界樹の中で色々とやっていたことが、表への影響していたことに多少驚きはしたが、すぐにそんなこともあるかと納得した。
正確にいえば障害物の除去作業をやっていたのだが、そんなことをしていたとは眷属たちも気付いていなかった。
中でそんなことをやっていたということも、眷属たちには教えていない。
「どころでひと月経ったということは、ドワーフたちは?」
「既にこちらに来て、予定通り鉱山に入られています」
「そっか。俺がいなかったことには何か言っていた?」
「特には。むしろそういうこともあるかと納得されていました」
「あら。まあ、当人たちがそれで納得しているのであればいいか」
「むしろ手つかずの鉱山があることを喜んでいましたね。今は張り切ってダークエルフの里に向けての鉄製品を作っております」
「そうなんだ。喜んでくれたんだったらいいか。
「事前に聞いていたからなのか、特に何も言っておりませんでした」
「なるほどね。そこはさすがに伝えていたか」
魔物の下で働けるか! ――と怒り出したら困ったことになると考えていたのだが、そんなことにはならなかったらしい。
ドワーフの興味が鉱山にだけ向いていたからなのか、そもそも魔物に敵対心を持っていないからなのかは不明――だと思っていたら、クインからその答えを聞けた。
「なんでも鉱山で採掘をしていれば、魔物に出会って倒すこともしょっちゅうだけれど、時には共存することもあるらしいです。適度なエサを与えていれば、坑道を維持してくれるような魔物もいるようです」
「おお。そんな便利魔物が」
「いえ。今、目の前にもいるじゃないですか」
「……うん? もしかして
「そのとおりです。ただ蟻種だけではないようですが。そういえば、眷属として蟻種がいることを喜んでおりましたよ。今ではドワーフはアンネに担当してもらっています」
「なんか、思ったより早く馴染んでいてくれてそうでよかった」
進化中の大きな不安の一つがドワーフのことだったので、特に大きな問題が起きていないと聞けて安心した。
その他のユリアやイェフ夫妻は、以前と変わらない生活をしていたようで、俺がいなかったことによる悪影響は起きなかったとおこと。
当然のように監視はつけているのだが、これを機におかしな行動を取ろうとするようなことはなかったらしい。
そもそも俺が進化で外に出ていなくても眷属たちは普通に活動しているので、これは当然だろう。
むしろドワーフたちをきちんと受け入れられるように積極的に動いていたようだ。
一つ問題があるとすれば、ドワーフたちが来たことをセプトの村の住人たちが驚いていたそうだ。
ただ船を降りたドワーフたちは、そのまま陸路を使ってダークエルフの村に向かったので、それ以上の何かがあったというわけではない。
もしかするとダークエルフとの繋がりがあることを察するかもしれないが、それは後々村に武器を卸すことのなるので時間の問題でしかない。
いずれにしても世界樹の進化の最中に問題になるような大きな変化は起きなかったと、話を聞きながら安心するのであった。
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