第6話 エルフの事情
一度は気持ちが上向きになったクラエスフィーナが、誰も味方になってくれないのを見て机に突っ伏し泣き始めた。
「もう駄目だ……さようなら私の
さすがにきまり悪くなったラルフとホッブがどうしようかと思っていると、クラエスフィーナがすすり泣きと一緒に呪詛のような呟きを漏らし始めた。
「里になんか帰りたくないよぉ……あんな商店もないような僻地……! 年頃の女の子にあんなド田舎で過ごせなんて、そんなの監獄に入っているのと変わらないじゃないの……。どうせ食べ物探して村が移転しての繰り返しなんだし、限界集落になる前にみんなで都会に出ちゃえばいいのよ……」
「おい、エルフがエルフの
「さっき田舎じゃないって言ってなかったか?」
グズグズ鼻を鳴らして嗚咽を漏らすクラエスフィーナ。延々と呪いを吐いている。
「あか抜けない服しかないし、お肉も食べられないし、スイーツなんかたまたま果物があれば口に入るぐらいだし……お金があれば何でも市場で手に入る都市型消費生活に慣れちゃったら、もう森の採集生活なんかに戻れないぃぃぃぃぃ!」
クラエスフィーナの魂の叫びに、ダニエラも腕組みしてウンウンと頷く。
「そうだよなあ。王都だったらなんでも店で売ってるもんなあ。自分で取って来たり作ったりしなくても完成品があるんだぜ? あー、判るわぁ」
「王都なら同じ用途一つに種類はたくさんあるし、服は綺麗なデザインがいっぱいだし」
「里じゃ物々交換つったって、まず持ってるヤツを探さないとだしよぉ。それだと気にくわないヤツに頭下げないとって事もあるしなあ」
「交換を承知しても、そこからが長いし……お互いどれだけ出すかって
女子二人の延々続く田舎あるあるに、ラルフとホッブは首を傾げた。
「田舎ってそういうもんなの?」
「俺らはずっと王都暮らしだから、その感覚わっかんねえなあ」
男二人のつぶやきに、クラエスフィーナとダニエラが二人をキッと睨む。
「この、
「伝説の生き物にそんなこと言われるとはな……」
◆
この研究発表会にかかっているクラエスフィーナの個人的事情はだいたいわかった。わかったけれど。
「まあ田舎に帰りたくないって気持ちは理解したけどさ」
ホッブがぼやく。
「なんつーか、この一時間でクラエスフィーナさんのイメージがガタガタに崩れたな」
それはラルフも思う。
「確かにねぇ……もっと研究に人生捧げてる浮世離れした人かと思ってた」
「あなたさっき私のこと、取り巻きを侍らせて好き放題している女王様みたいに言ってなかった……?」
才色兼備の神秘的な麗人が、いきなり都会にハマり込んだおのぼり娘に大変身だ。ラルフとホッブの戸惑いも、多分我が王立エンシェント万能学院の関係者なら誰でもわかってくれると思う。
二人の呆れたと言いたげな目線をまずいと思ったらしく、クラエスフィーナが慌てて身振り手振りを入れながら釈明し出した。
「いやいやいやいや! 研究を続けられなくなるのもホントに嫌なのよ!? グルメとファッションにしか興味が無い今時の女子学院生とかと一緒にしないで!?」
「いや、今の今までそういう趣旨のことを言ってたけど……」
傍目には同じことに見えるけど、クラエスフィーナの中では自分と女子学院辺りのの不真面目学生の間に何らかの線引きがあるようだ。
近年は王立エンシェント万能学院みたいな旧来の学院以外にも、色々特色のある学院ができている。
一つの特定分野のみに特化した専門学院などは方向性が明確で、教授陣も著名な学者を揃えていたりする。上流階級の子女を相手に良妻賢母教育を施す女子学院なんて学者育成目的でない所も学院を名乗っていて、「それ職業訓練校の一種じゃないの?」ってツッコミがたびたび入っている。
女子学院には婚約したら卒業資格獲得みたいなゆるい学校もあり、確かに遊びにばかり熱心な連中もいる。今のクラエスフィーナみたいに「学院生の肩書を持った遊び人」と馬鹿にする人も多い。確かにラルフとホッブもその手の連中に比べたら、よほどまじめに勉強していると自負している。
まあ、後日そのことをホッブがダニエラに言ったら「はあ? テメエらもドングリの背比べだよ」と馬鹿にされたのは後の話。
クラエスフィーナがそういう連中みたいに遊びまくりとは言わないけれど……やっていることは正直に言えば五十歩百歩じゃないかとラルフは思わないでもない。
「その“違いの分かる”クラエスさんの楽しい
「なにか、含むところがある言い方ね……」
頬を膨らますクラエスフィーナを放っておいて、ラルフはホッブとダニエラを見た。
「正直な話、現状はよそよりスタートが遅れているうえに飛空のヒの字も知らない畑違いが4人だけ。ここから挽回の手があると思う?」
唸って考え込むホッブ。一方ダニエラは自信満々に胸を叩いた。
「まあ乗り掛かった舟ってヤツよ。出来るだけの事はやってやらあ」
「具体的には?」
ダニエラが拳を突き上げて二の腕をポンポンと叩く。
「専攻が違うとはいえ、あたしだって工造学科だからな。図面を持って来てくれりゃ大抵の工作は何とかしてやるよ」
ラルフとホッブは顔を見合わせた。この動作、今日何回目だろう。
「ダニエラ」
「あんだよ?」
「工造学科は君しかいないじゃないか」
「そうだな。それが?」
「つまり図面が必要なんだったら、それを書くのがあんたの仕事」
力こぶを見せていたダニエラが固まった。
「…………あんだって?」
「だから。空を飛ぶ機械なり道具なりを設計して、図面に起こして概要書を付けてクラエスがレポート書けるようにするのはダニエラの仕事だろ? 二度も言わすなよ」
さっきから傲岸不遜な姐御肌を通していたドワーフが、ホッブの言葉にフルフル震えたかと思うと……芋虫を見つけた乙女のように金切り声を上げて飛び上がった。
「フォアーッ!?」
ホッブも参戦した。
「いや、何を驚いているんだよ。あたりまえだろ? 俺たちさっき言った通り静学系だからな」
今この場で、図面なんてものを書くスキルがあるのは工造学科のダニエラだけ。専攻違いかもしれないが、それを言ったら他の三人は学科が違う。
驚愕の表情で硬直したダニエラが、ギクシャクと首を回してクラエスフィーナを見た。見られたクラエスフィーナも、申し訳なさそうに顔の前で手を横に振る。樹木生命学のクラエスフィーナに工造学の図面が書ける筈がない。
どこにも救いの手が無いのを理解したダニエラが、頭を抱えて泣きそうな顔で叫んだ。
「図面を書けって言われたって……あたし、あたし機械系の理論苦手なんだよお!」
研究室を沈黙が支配した。
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