第27話 神護景雲四年 帰京の兆し

 大隅国おおすみのくに平城ならからは恐ろしく遠いが、決して貧しい国ではない。

 流刑の何のと言ったところで、この遠国おんごくでは、国府の役人と大して変わらない待遇だろう。そのように楉田しもとだ氏の長老は言っていたが、まさにその通りだ。五位の季禄きろくこそ出ないが、まともな住まいを用意され、使用人まで与えられた。

 しかし、衣食は私一人分しか配給されない。最初こそ、少しばかり手元不如意に思えたが、生活力旺盛な家人けにんらは、あちこちと奔走して自分たちの食い扶持以上を稼いでくる。おかげで酷く困窮するような事はなくなった。

 この地では、読み書きなどの技能がなくとも、できる仕事はいくらでもある。むしろ私のような官人は、役所以外では大した役に立たない。それでも長年の武官生活のお陰で、弓馬の扱いや大刀たちの振るい方くらいは指南できる。この大らかな土地は、流人の私に兵仗へいじょうを取らせる事を憚らない。


 年の暮れ、筑前国ちくぜんのくにから藤原雄田麻呂おだまろの命を受けたと、二十戸分の収穫の米が届けられた。藤原式家は先代より、大宰府周辺に領地を持っている。その一部をこちらに回してくれたという事だ。礼を言えるのがいつになるか分からないが、家人らと共に感謝この上ないと喜ぶ。

 煙を吹く山の姿も馴染みとなり、なまりのきつい隼人はやとの言葉にもかなり慣れた。

 これだけ南の地なので、冬は暖かく雪も降らないだろうと思っていたが、山の近くまで行くと多少は積もる。この辺りは故郷の吉備と変わらない。

 海から暖かい風が吹き始めれば、あっという間に雪は消える。花の咲く時期も、鳥の渡りも、雨期の入りも畿内よりは早い。当然ながら耕作の時期も早くなる。

 雨期が明ければ、これでもかと強い日差しにさらされる夏が来る。暑いのも畿内以上だが、心地よい風が吹く。

 そして秋は、ゆっくりとやって来る。ついでに暴風雨も追いかけて来る。野分のわけの季節は早い。夏の終わり頃には、最初の大風が吹く。これがまた、畿内や吉備とは規模が違う。この辺りは山の灰が積もった土地なので、山間部で大雨が降れば、すぐに土砂崩れが起きると人々は言う。ひどい時には実りがすべて失われる。そうなれば国司は、賑給しんごう(備蓄米などの蔵を開いて配給をする)を中央に請求する。

 この年も秋の初めに大雨があったが、幸いにして大きな被害はなかった。皆が安堵に胸をなでおろす。


 大雨の少し前、八月の初め頃に、烽火のろし台に煙が上がったと、隼人の兵士が国司庁に報告をしてきた。この最果てでも、烽火が上がるのを見る事など滅多にないと郡司らは言う。大宰府周辺で戦が起き、鎮圧の兵力が派遣された時に、あのような煙が上がった。あの煙の上がり方は凶事だろうと、国司も郡司も身構える。平城の都でただならぬ事があったに違いない。しかし、詳しい知らせがもたらされるのは、二十日以上たってからだろう。

 刈り入れがすっかり済んだ頃、平城からの使いがやって来て、重々しい顔つきで女帝の崩御を伝える。上がった烽火は、これを告げていたようだ。既に一月近く経っているが、国府では三日の服喪に入る。

 更に一月後の事、春宮令旨とうぐうりょうじを携えた使者がやって来る。令旨の日付は九月六日、こちらも一月近く前だが、そこには私の帰京命令が記されていた。

 それにしても、春宮とは誰の事なのか。他戸王おさべのみこの名前で太政官が出した命令か。もしかしたら、山部王やまべのみこが命じたのかもしれない。私が平城に帰り着く頃には、どちらかが高御座たかみくらに就いているのだろうか。帰京命令以上に、奇妙な程の胸の高鳴りを覚える。

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