「ヴィクター」の答え

 それにしても話すことの上手いカラスである。

 ここまでヴィクターは世間話のごとくフィリップの話につき合ってはいたが、その実この取り引きまで誘導されていた。


「ふぅん。そんなことがキミなんかにできると?」


「できる。あの結界がピンポイントでオマエの魔法を無効化するのは、オマエの魔法の術式を解読して、バラバラにしたものを無効化するように再構成しなおしてんだからだ。だからその逆をすればいい」


「……なるほど。今度はワタシの魔力自体に干渉し、バラしてからあの時代の魔力に近くなるよう組み立てなおすと。力を取り戻させてやる代わりに、ワタシにまた手を組めというんだね」


「そゆこと。応じてくれたあかつきには、結界を解いてあの女もポールちゃんのとこから解放してやるからよ」


 話が早くて助かる、とフィリップが口角を上げる。


「……まぁ、たしかにキミなら可能かもしれないね。昔からその見た目と中身のわりに頭は回る方だったし」


「そう言うオマエはインテリぶってるくせに、すぐになんでもかんでも壊しやがったけどな」


「考えた結果の最善策が破壊だっただけだよ。道を切り開くにも、邪魔者をどうにかするにも、力でねじ伏せるのが一番効率がいい。ワタシだってあの頃の力が恋しいさ」


「それならこの話ものんでくれるってことでいいのかよ」


 フィリップは問いかける。


 ――さぁ、俺の策にまれ。ヴィクター。オマエが俺に魔力を構成する核を触らせた時……そのまま俺の言うことをきく手駒になるよう、組み立てて書き換えてやるからよ。


 彼の思惑はここにあった。もちろんヴィクターに力を取り戻させてやるという話は本当である。

 しかし、いくらそうしてやったところでヴィクター自身が力を取り戻したとたんに寝返り、返り討ちにしてくる可能性とてあるのだ。

 そうさせないためにも。彼には気がつかれないようにしながら、フィリップに逆らう気が起きないように洗脳プログラミングする必要がある。表面上だけではいつ解けてもおかしくない。魔力の根本こんぽんから教えこんでやる必要があるのだ。


「……そうだね。実に魅力的な取り引きだ」


 ヴィクターがまぶたを閉じてうなづく。


 ――きた!


 肯定的な反応にフィリップはわずかに目を見開いた。

 壊すことが好きな男だ。話に乗るとは思っていた。あとはヴィクターの魔力の核さえいじることができれば――


「じゃあ、この取り引きは成立ってことで――」


「きっと、二百年前の……いや、わずか数年前までの。『ヴィクター・ヴァルプルギス』ならば、その話をのんだだろうね」


「……あ?」


 なにを言ってるんだ。とでも言いたげな表情のフィリップは、こてんと首をかしげて何度もまばたきをする。

 彼の目の前にいるのはまぎれもなく、ヴィクター・ヴァルプルギスその人である。

 この男が偽物などではないということは、これまでの会話やわずかに感じる魔力から証明されている。


「なにを言ってるんだ?」


 フィリップの胸中きょうちゅうの言葉は実際に音にされた。


「なにを言っているもなにも、言葉の通りだ。キミの提案は少し前までのワタシにならばさぞかし効果のある言葉だっただろう」


「今のオマエはちがうって言うのかよ」


「そうだね。なにせ今のワタシならば、キミの取り引きに重大な欠点があることに気づくことができる」


「重大な欠点〜?」


 思わずフィリップの声が裏返る。

 たしかにフィリップの語る二百年前の再来計画にはまだ不明確な要素や不安点もあるだろう。しかし、とまでいうほどの欠点がこの時点で存在していたのだろうか。


「……その欠点ってやつ。言ってみろよ」


 見当もつかない指摘にフィリップが尋ねれば、ヴィクターは「そんなことも分からないのかね」と小馬鹿にした笑みを浮かべて鼻で笑った。


「キミの話では、我々二人でまた世界を壊してやろうと。そういうことだったね」


「ああ」


「そこだよ、そこ」


「あ?」


「まだ気がつかないのかい? キミの計画に登場するのはワタシとキミだけで――どこにもクラリスがいないじゃあないか!」


「……は?」


 開いた口がふさがらないとは、よくいったものである。

 ぽかんと口を開けたままのフィリップはそれまでのようなてきとうな相槌あいづちをうつこともなく、ここにはいない第三者の名前に眉間に皺をきざむ。


「いやいやいや。あの女はただの人間だろ。仮にアイツを連れていってみろ? そんなもんどっかで巻きこまれて死ぬに決まってる。連れていくのは無理だ」


「じゃあワタシはキミの話はのまない」


「なんでだよ!? オマエ子どもか? あんな人間たった一人のために、この一世一代のチャンスを見逃すってのか? アイツとの旅が俺たちの夢を叶えることよりもそんなに大事なのかよ?」


 フィリップがヴィクターの両肩を掴んで強く揺さぶる。

 揺すられる度にヴィクターの背中は石が積まれた壁にぶつかったが、彼は特に痛がる様子も見せずににへらと笑う。


「大事だね。今のヴィクターワタシにとっては、キミとまた世界中を飛び回ってすべての人間を恐怖で支配をすることよりも……。ただ一人の人間のなにげない笑顔を毎日眺めながら、のんびりと歩いて、美味しいものを食べて、たまには喧嘩しながらからかいあって……そうやって生きている方が楽しいのさ。というものを知ってしまったからね」


「……はぁー……しばらく合わねぇ間にとんだ腑抜ふぬけ野郎になったもんだよ。ヴィクター」


 肩を掴んでいた手を離し、フィリップが盛大なため息を吐きだしながらゆっくりと後ろに尻もちをつく。


「あの《禍犬まがいぬ》ヴィクターが恋だなんて、天地がひっくりかえってもねぇと思ってたのによぉ」


「恋は人を変えるのさ。……そうだ、キミも恋をするといい! 今までの色のなかった世界が、何万倍にも鮮やかな世界に変わるからね!」


「しねぇよ。あー……なんだつまんねぇの。せっかくまた大暴れできると思ったのに。本当つまんねぇよ……オマエが俺と手を組まねぇことも……このまま処刑されるのを見なきゃならねぇのもよ」


「……」


 そう嘆きながら目を手でおおい、天を仰ぐフィリップ。

 彼は急に押し黙ったヴィクターの様子を隙間からチラリと覗き見ると、喉奥でくつくつと笑いながら手を下ろす。


「なんだ、俺が知らないとでも思ったか? ……以前コーディリア国で起きた『王族殺害事件』。そして『クラリスの誘拐事件』……。犯人はヴィクター。ぜんぶオマエだって証言があるそうだが、アレ本当か?」


「なにが言いたい」


 ここにきてようやく、ヴィクターの顔色が少し変わった。


「ただ少し気になってるだけさ。なーんでオマエがコーディリアの王様と王妃を殺して、その娘をさらうのかなと思ってよ。ただ単にあの女といっしょにいたいなら、そんな面倒ごと起こさなくたってよかったはずだろ」


「……事情があったんだ」


「事情ねぇ。……その事情ってのは、オマエの愛する女に手ぇちまったことと関係してるのかよ」


 フィリップはゆっくりと立ちあがると、意地の悪い顔でヴィクターを見下ろす。

 埃の薄く積もった床とこすれて汚れたローブをはらった彼は、トンと靴先で床をつつくと牢の中へと一陣の風をふかせた。


「どうだ。心当たり……あるよな?」


「ははっ、あー、うん。そうだね。たしかにあるかもしれない。あるかもしれないが――キミは、?」


 それは肯定したも同然の言葉。

 思わずヴィクターの口から乾いた笑いがこぼれる。

 風がやんだ頃には先ほどまでの埃っぽさは無くなっていたが、それ以上の息苦しさが今のヴィクターにはあった。

 フィリップは愉快そうにケラケラと笑い声をあげると、腰に手を当ててズイと顔をヴィクターに寄せた。


「オマエなら分かるだろ。俺の使い魔カラスは世界中、四六時中、ありとあらゆる場所を見張ってるんだよ。もちろんあの事件だって、しっかりと……な」

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