第1章 片想い? いいや、両想い

監視者は晴れた空に撃ち落とされる

 ガタン、という音とともに彼女の周りを囲んでいた鉄の板が倒れていく。

 暗闇に慣れた目は急な日の光にすぐには順応することができず、数度まばたきを繰り返したところでようやく辺りの景色が姿を現す。

 目の前に立つ胡散臭うさんくさ恰好かっこうをした男は、数分前と比べてどこか上機嫌に彼女のことを出迎えた。


「Hi! 可愛い可愛いワタシのクラリス。ワタシが近くにいなくてひとりぼっちの間、それはもう迷子の子ウサギのように寂しく震えていたんじゃあないかな?」


「ヴィクター……」


 箱の中ででうずくまっていたクラリスは、ふらりと立ち上がると吸い寄せられるようにヴィクターの元へと近づいていく。

 それを見てヴィクターは彼女を抱きとめようと嬉しそうに両腕を広げるが、彼の元へと飛びこんできたのはクラリス渾身こんしんの回し蹴りであった。


「ッ――いっだぁ!」


 ましてやクラリスが狙ったのは彼のすねの部分。

 あまりの痛さで一瞬息の仕方を忘れたのだろう。間をあけて悲鳴をあげながら転がったヴィクターを見下ろした彼女は、少しスッキリした表情で腕を組む。


「なに勘違いしてるの。こっちはあんな硬い箱の中で転がされて、身体中が痛くて仕方ないわよ。これでおあいこってことね」


「あぁ、分かった分かった……今度からはクッションか、ご希望ならばクマのぬいぐるみでもなんでもいっしょに入れるから……」


「それより私が箱に詰めこまれる状況をつくらないでいてくれる方がありがたいんだけど……で、盗賊たちは?」


 クラリスが自分が転がってきた坂の先を見上げる。

 彼女の視線の先では逃げる途中に通ったがザワザワと揺れており、あたりに人の気配は感じられない。ここまで香る草の匂いは、とてもそこが戦場であったなどとは思えなかった。

 ようやく起き上がったヴィクターは服についた葉や土を払いながら彼女の質問に答えた。


「彼らならよ。少々手荒にはなったが、ボスの首もとったことだし、これでこの辺りも少しは治安がよくなっただろう」


「ふぅん……あなたにしては平和的に解決した方じゃない。その首……っていうのだけは聞かなかったことにしたいけど」


 そう言うとクラリスは振り返り、ステップを踏むように歩きだす。


「それじゃあ気持ちを切り替えて、早く行くとしましょう! あそこに見えているお城のところ、絶対に大きな街があるはずよ。今日こそゆっくりお風呂に入ってふかふかのベッドで眠るんだから!」


「あぁそうだね。我々を歓迎してくれる街であればいいんだが」


 彼女のあとを追い、ヴィクターが一歩を踏みだす。

 すると手始めにクラリスを閉じこめていた鉄の箱の残骸が消失し、次に彼らの背後にかかっていたが解ける。

 のびのびと育っていた草は姿を消し、大きな草むらがあった場所には隕石が落下でもしたかのようなクレーターが現れる。わずかにあがる煙は獣臭を放ち、二人の元に届く前に風に乗ってかすんで消える。かすかな血と泥の臭いをともに乗せて。

 猟奇的な虐殺が行われたその現場でなにがあったのかなど、目標目指して前を向くクラリスには分かるはずもない。


「ふふ、あんなに大きな街はいつぶりかしら」


「こらこらクラリス。あまり急いでは転んでしまうよ。街は逃げないんだから、もう少し周りの景色を楽しみながらだね……ん?」


 そんな中、ふとヴィクターは上空を飛ぶ一羽のカラスに目をとめる。きっと先ほどの爆発に驚いてどこからか飛びだしてきたのだろう。

 この辺りを人間が歩いているのが物珍しいのか、カラスは二人の頭上を高い位置で飛びまわる。


 ――それにしても警戒心の薄いカラスだ。驚いて逃げるのであれば、こちらにわざわざ向かってはこないと思うのだが。


 はじめは偶然かと思って無視をしていたヴィクターであったが、数分も歩いているうちにそれが偶然ではないと気がつく。

 見た目は普通のカラスではあるが、それにしては行動が少しおかしい。くるくると旋回せんかいしながら飛びまわるそのカラスは、どうにもヴィクターの上にぴったりついてまわるように飛んでいるのだ。


「……Hmm」


 どれだけ歩いていても距離を離さずついてまわる怪しい存在にクラリスは気がついていない。

 鳴きもせず静かにをつづけるカラスは、黒真珠のような瞳で眼下のヴィクターたちに向けて視線を投げかける。そして。


「さすがに目障めざわりだよ」


 何度目かに向けた視線が当のヴィクターと重なった。

 ヴィクターが指先を弾く。とたんに二人のすぐ脇に落ちる、轟音をともなう一筋の閃光。


「いやっ!? な、なに? すぐそこに落ちたの……雷? こんなに天気もよくて雲ひとつもないのに……」


「あぁすまないね、クラリス。先ほどからうるさいが飛んでいたようだから、魔法で退治しただけさ。気にしないでくれ」


「ヴィクター、そういうことはもっと穏便にやってちょうだい。びっくりしすぎて心臓が飛びでちゃうかと思ったわ……」


「Haha、もしもそうなったらまた元通りに詰めてあげるから大丈夫さ」


「全然大丈夫じゃない!」


 ムッとして頬をふくらませるクラリスを見て、「怒った顔も素敵だね」ととぼけるヴィクター。

 彼らの周りにはもう、黒い羽根一枚すらも落ちてはいなかった。

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