世界最強騎士団の切り札は俺らしい

輝井永澄

第一部 超魔覇天騎士団と羊飼い

§1 羊飼いの少年、魔人と遭遇する

第1話 超魔覇天騎士団と羊飼い

 巨大な影が、吼えた。


 その姿は骨だけであるのに、その咆哮はいったい、どこから響いているものだろうか。人の数倍はあろうかという体躯に、6本の腕と4本の脚を備えた異形、それが5体。


 ――グォン


 振るわれた腕に、何人かの兵が弾き飛ばされた。その踏み出した脚に、他の兵が蹴り上げられて宙を舞った。超弩級の白骨造魔戦士ボーン・ゴーレム――それらがまるで、浅瀬の水を蹴散らすかのように、兵士たちを蹂躙していく。



「……良い瘴気が漂っているねぇ。古代の戦場跡というだけはある」



 白骨造魔戦士ボーン・ゴーレムの足元に立つ小さな影が、呟いた。小さいとは言っても、丈の長い法衣ローブに身を包んだ身体は並の兵士たちよりも背が高い。フードの奥で、その瞳が怪しく輝いた――端正な顔の中に、6つ並んだ赤い瞳が。



「これほど濃い瘴気であれば……」



 そう言ってフードの魔人は、両手を合わせ印を結んだ。すると、大地からまた新たな白骨造魔戦士ボーン・ゴーレムが立ち上がる。



「う、うわあああああ!」



 高くそびえる絶望の壁を目の当たりにし、兵士たちは我知らず後退する。



「ひ、怯むな……怯むなぁぁっ!」



 羽根飾りの兜を被った隊長が檄を飛ばす。



「我らは母なるグアズィール帝国の兵だぞ! こんな、こんな……!」



 だが、その彼自身の足もまた、戦列の後ろへと誘われていた。東の駐屯兵団は、帝国の軍の中にあってその兵力も練度も最大級を誇る。それが総崩れとなっていく様に、隊長は唇を震わせた。



魔力級数レベルが違い過ぎる……我々では、とても太刀打ちできん……」



 その時、隊長の頭上に白く巨大な拳が落ちた――



 ――ズゥゥン!



 間一髪、直撃を免れた隊長はしかし、弾けた地面の衝撃で地に伏せた。激痛に耐えながらなんとか半身を起こし、見上げる――巨大な魔獣は目前に迫り、恐怖がその視界を埋め尽くしていた。数十人いたはずの部隊が、自分を置いて引き潮のように退却していくのが目の端に映った。



 ――ザッ



 そのとき、引き潮のように下がっていく戦列と、入れ替わるようにして歩み出た者たちがいた。



「……ほう?」



 フードの魔人が、ゆっくりと進めていた歩みを止めた。6つの紅い瞳が、並び立つ3つの人影を見る。



「あ、あなた方は……まさか……」



 隊長は地に伏したまま、その3人を見上げた。中央には燃えるような蒼い髪をなびかせる長身の女騎士。その左右に浅黒い肌の巨漢と、そして黒髪を後ろで束ねた軽装の男。



「……お、おい! あれ……」


「なんだあいつら!? 死ぬ気か!?」



 兵士たちが騒ぐ声が聞こえた。3人は横に並び、泰然として巨大な魔獣へと目を向ける。



 ――ウオオオオン



 白骨造魔戦士ボーン・ゴーレムが再び、吼えた。合計数十本の腕を広げ、目の前に現れた小さな挑戦者たちに踊りかかろうとする。



「……いや、あれを見ろ! あの紋章は……」



 兵士たちから上がった声を聞くまでもなく、隊長の目にそれは焼き付いていた。白と黒の六天星を抱き、魔人の前に立ちはだかる騎士たち。



「……下がりおろう。ここは我らに任せていただく」



 蒼い髪の女騎士が隊長を一瞥し、ぶっきらぼうに言った。


 隊長はそのとき、確信した。


 この人たちなら、勝てる。なぜなら、その紋章を抱くこの騎士たちこそは――



「……超魔覇天騎士団……!」



 蒼い髪の女騎士が、その右手を前方へと掲げ――



 ――ドォゥッ!



 閃光が弾けた。


 迫る白骨造魔戦士ボーン・ゴーレムに向かい、魔力の光が迸り、それは破壊の力を具現化した槍と化す。そして魔獣は巨大な炎に包まれ、別の一体はその巨体を丸ごと凍らせ、また別の一体は電撃に貫かれた。



「……炎と、氷と、雷撃の魔法を、一度に放った!?」


「それじゃまさか、あの蒼い髪の騎士は!」



 兵士たちの声を背に受け、女騎士がその髪を軽く払う。白く美しい肌の中に、潤んだ瞳が崩れ落ちる魔獣を見た。


 ――超魔覇天騎士団ナンバー2・「素晴らしきミラビリス」シャイ・リーン。


 あらゆる属性を極めた魔術遣いの頂点にして、大陸最強の騎士のひとり。


 その戦力は、たった一人で戦争を終わらせることさえ可能だと言われる。



「それじゃ、あっちの男は……!」



 隊長が顔をあげると、浅黒い肌の巨漢が地を蹴り、雷鳴と共に空に舞い上がったところだった。肩に担いだ大剣を握り、大上段に振り上げる。そして地上では、黒い髪を束ねた軽装の男が、腰に佩いた剣の柄に手をかけていた。



 ――カッ!



 その一瞬、隊長も、兵士も、目の前で起きたことを理解できた者はいなかっただろう。彼らが理解できたのは、まとめて両断された巨大な魔獣たちが地響きを立て、崩れ落ちる姿だけだった。


 浅黒い肌の男はナンバー9・「雷足」のレグルゥ。


 黒髪を束ねた男はナンバー6・「神剣」のウドウ。


 大陸中に轟くその名と、それにまつわる噂とが、兵士たちにその光景を理解させる。それは、巨人さえも両断する達人たち。その剣は山を砕き、その呪文は海を割り、時空さえも断ち切ると言われる最強の騎士たち。それが――



「超魔覇天騎士団、か……」



 6の瞳を紅く光らせて、魔人が口元を歪ませた。そこへ――



「ぬぅぅぅん!」



 大剣を振りかぶった巨漢の騎士・レグルゥが踊りかかる。



 ――ズガッシャァァ!



 轟音と共に、閃光が空を斬り裂いた。斬撃が大地を割り、光が魔人と、周囲の魔獣たちをもまとめて弾き飛ばす――一瞬の後、振り降ろした剣の下には、歪んだ空間と、消し炭とだけが残されていた。


 3人の騎士は足を止め、武器を納める。戦場の中に天を衝いて立つ魔獣たちは、今やすべて残骸と化し、大地へと落ちてもはや見分けはつかない。


 戦場にしばし、静寂――そしてその後、兵士たちの歓声が爆発する。



「うおおおお! すげぇぇ!」


「初めて見た! あれが超魔騎士の戦いか!」



 戦いに傷ついた者も、恐怖にすくんでいた者も、等しく表情を輝かせ、声を上げてその武勇を讃える。



「すごい……これがわが母なる帝国の最高戦力たち……」



 隊長は膝をついたまま、その姿を眺めた。3人の騎士たちはしかし、魔人の消えた跡に生まれた空間の歪と、雲の切れ間から落ちる陽の光とを、厳しい目で見詰めていた。



「影、だな……」



 黒髪を束ねた男が言った。



魔人卿ダイモンロードは取り逃がしたか」


「フン……」



 浅黒い肌の巨漢の言葉に、ウドウは鼻を鳴らして応える。蒼い髪の女騎士が、空間の歪を見たまま、口を開く。



「……もし魔人卿ダイモンロードと戦いになったとて、我らが後れを取ることはあるまいが……」



 蒼い髪の女騎士、シャイ・リーンはそれ以上言わなかった。


 大陸中を支配し、繁栄するこのグアズィール帝国を脅かす魔の勢力。超魔騎士に匹敵、あるいはそれを上回る力を持ち、魔獣を率いる魔人卿ダイモンロード、そしてそれらを操る「魔王」。


 世界のことわりさえ脅かす魔の軍勢には、人智を超えた力を以て立ち向かう彼ら超魔騎士とて、容易い相手ではないのだ。


 * * *


「……んん、っと……」



 高くなった日差しが瞼を温めるのを感じて、俺は目を開けた。



「あー、寝るつもりじゃなかったのになあ……」



 まあでも、気持ちよかったしいいか――俺は腕をあげて伸びをする。



「……っと、いけない」



 そういえば仕事中だった。俺は慌てて牧草地の方を見る。そこには羊たちが広がって、メエメエと鳴きながら草を食んでいた。



「えっと……数は減ってないかな。よかった」



 もし、羊が逃げ出しでもしたら、また怒られてしまう。あの口うるさいオーナーに小言を言われると思うと、想像しただけで気が滅入る。


 のんびりしているように見えても、羊飼いは楽な仕事じゃない。とはいえ、俺のような「素民」にとって、この暮らしは気楽でもある。なにしろ、あまり人と関わらずに生きていけるのがいい。他人と比べ合ったり、顔色を伺ったりしながら生きていくのはやっぱり、息がつまる。


 ――ふと、風が鼻を撫でた。春先のいい香りがする。天気もいい。そういえば、そろそろ山菜が美味い時期だった。



「少し摘んで帰るかな」



 俺は羊たちに注意を払いつつ、振り向いて背後の林の中を見た。ちょうど、少し入ったところに旬のコシアブラが生えている。ラッキー。



「……ん?」



 山菜を摘もうと林の中に足を踏み入れたとき、斜面の上から妙な音がするのに俺は気が付いた。



 ――メキ、メキメキッ――



 それは木々が折り曲げられるような音。顔をあげて見れば、その方向で林の木々たちが揺れ――いや、あれは揺れてるんじゃなくて、へし折られてなぎ倒されてる――?



「ブモモモモモ!」



 腹の底に響く低い鳴き声と共に、俺の目の前に巨大なイノシシが――体長10メートル、高さは5メートルほどもある巨大な暴猪魔獣エリュマントスが、現れた。



「ブモモモォッ!」



 あ、これはまずい――一目見て俺は直観した。なにがあったのかわからないが、すっかり興奮している。俺は後ろの牧草地に一瞬、目をやる。こんなのが羊たちの中に突っ込んだりしたら――



「ブモモモモモォーッ!」



 暴猪魔獣エリュマントスが吠え、こちらに向かって突進してくる。その巨大な身体が、力任せに斜面を降り、勢いのままに――!



「ちょっと、待って……!」



 ――ッ



 突き出した俺の手の前で、暴猪魔獣エリュマントスがその突進を止めた。



「ブモ……モッ……!?」


「……やめときなって。ね?」



 俺は片手で暴猪魔獣エリュマントスの鼻先に触れながら、語り掛ける。この魔獣は、自分が突進する勢いに自分が興奮してしまようなところがあるんだ。ゆっくりと、興奮を鎮めてやれば――



「……ブルル……」



 鼻息も荒く猛り狂っていた魔獣の目の色が、次第に落ち着いてきた。



「ほら、大丈夫だから、落ち着いて……」



 暴猪魔獣エリュマントスは俺の手のひらから鼻先を離す。



「ブル……」



 そして暴猪獣魔エリュマントスは足音を立てて振り返り、山の奥へのっしのっしと歩き去っていった。



「なんかあったのかな、こんな時期にあんな興奮してるのとか……」



 冬ごもりの前ならともかく、春先で食べ物も多いこの時期に、あんなに興奮する理由はちょっと思いつかない。


 俺は空を見上げた。もしかして、なにかよくないことでも起こってるのかな?



「……まぁ、考えても仕方ないか」



 なにかを感じ取ろうとしたって、そんな力は俺にはない。俺はとして生きてきたし、これからもそれは変わらないんだ。


 俺は気を取り直して、振り返り羊たちの様子を見る。少し驚いたみたいだけど、みな無事みたいだ。さっさと小屋に戻って、昼過ぎまでまた昼寝でもしよう。



「はーい、みんな行くぞー」


「メェェェ」



 俺の声に応える羊たちを、俺は手にした杖で追い立て始めた。 

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