子猫の名前を決める二人の話。(初視点)

 子猫の名前を決める二人の話。(初視点)


 行くときに来た道を歩き、細い道路へと入りしばらく歩いていくと……アパートが見えてきました。

 家々に囲まれた土地ですが、ぽっかりと開いたこの場所は日の光がたっぷりと入るようでこの季節でも少し暑く感じられます。

「ようやく帰ってきたかい。ああ、疲れた疲れた」

 そう思いながらアパートの敷地へ入るとあの後からずっと待っていてくれたのか、大家のお婆さんが何処から持ってきたのか折りたたむことが出来るチェアに座りながら子猫を膝に乗せて日光を浴びていました。

 そんなお婆さんへと真樹さんが近づき、頭を下げます。

「婆さん。見守っててくれたんだな。……ありがとうございます」

「はんっ、世の中にゃ年が若い女性の下着を盗んでいく馬鹿者も居るんだから、干すなら干すで工夫しておきな!」

「なるほど……。今度は気を付けることにする」

 真樹さんがお婆さんへと頭を下げると、お婆さんは「ふんっ」と鼻を鳴らして子猫を地面へと降ろしてチェアから立ち上がりました。

 そして、お婆さんはズカズカと家に戻っていきました。

 わたしもそちらへと頭を下げましたが……もう少し早く下げておくべきでしたね。

 そう思っていると地面に降ろされた子猫がこちらへと近づいて来て、わたしの足へと体を摺り寄せてきました。

「ミャア、ミャア~」

 まるで待っていましたとでもいうように子猫は嬉しそうに体を摺り寄せ、わたしから離れると今度は真樹さんの足へとすり寄らせました。

「う“っ」

 その姿に見惚れてか彼の口から呻くような声が漏れるのが聞こえます。

 顔をちらりと見ると……物凄く嬉しそうにも見えますね。

「嬉しそうですね、真樹さん」

「ああ……、こんな風に懐いてくれる動物なんて滅多に居ないから……っと、はやく部屋に戻ろうか」

「ふふっ、はい」

 わたしの言葉に顔を赤くする真樹さんへとクスリと笑みが零れつつ、わたしは真樹さんの後について子猫と共に部屋の中へと入っていきました。


 部屋に入るとすぐに真樹さんが持っていた荷物をテーブルの上へと置いて、床掃除用のぞうきんを取って水で濡らしてしゃがみます。

「子猫は地面を歩いていたから家の中に入る前にこれで足を拭かないと」

「あ、そうですね。猫ちゃん、暴れないようにしてくださいね」

「ミャア~」

 わたしがそう言うと子猫は従うように真樹さんへと近づいたので、真樹さんは子猫の足を拭き始めました。

 子猫は暴れず真樹さんに足を拭かれ、拭き終わると部屋の中へと入っていき、畳張りの部屋でゴロンゴロンと転がり始めました。

 その様子をわたしと真樹さんがほっこりとした表情で見つめていましたが、彼はすぐに買ってきた物を入れる作業を始めます。

 冷蔵庫に入れなければならない物は冷蔵庫へ入れ、野菜もいくつか入れていましたが幾つか入れません。その様子にわたしは首を傾げ、訪ねると……、

「ああ、冷蔵庫に入れなくても良い物もあるんだ。ジャガイモやニンジンとかはその代表例ってやつだな」

「なるほど、そうなのですか」

 真樹さんの言葉に納得をしながら、冷蔵庫に入れていくのを見ていると真樹さんが指示を出してきました。

「化さん。どうせなら猫用の器を出しておいてくれないか? あと、水入れにも水を入れておいてくれ」

「はい、わかりました」

 彼の言葉に頷き、わたしは袋から購入した器(陶器製)を取り出して片方に水を入れて床に置こうをすると……待ったがかかります。

「待った。このままだと散らばったりしたら困るだろうからいっしょに買った防水シートを下に敷いてから置くように」

「あ、そうですね。ありがとうございます」

 真樹さんの言葉にハッとして彼の指示通りにいっしょに購入したランチョンマットほどの大きさをした防水シートを床に敷いてから器を置きました。

 コトン、と床に置かれた器の音に気づいたのか、ゴロゴロしていた子猫は耳をピクリと動かし、こちらへと近づいてきます。

「猫ちゃん。猫ちゃん用のエサ入れと水飲みですよ」

「ミャア! ミャ、ミャ、ミャ……」

 まるで自分の物だと嬉しそうに飛び跳ねるように近づくと子猫はピチャピチャと水をチロチロ飲み始めました。

 喉が渇いていたのですね。すごく真剣に飲んでいます……。

 そう思いながら見ていると子猫は顔を水入れに突っ込むように飲んでおり、防水シートが無かったら水がまき散らされていたことが分かりました。

 真樹さんは子猫のことも、部屋のことも考えていたのですね。

 彼の考えに驚きつつも、わたしは何も出来ない為に子猫を見つつ……時折彼が冷蔵庫の中に考えながら物を入れていくのを見ながらジッとしていました。


 それから、真樹さんが冷蔵庫に入れ終えると話を行うために奥へと移動しました。

「化さん、お疲れ様。はい、お茶」

「ありがとうございます。…………はぁ、美味しい」

 差し出されたお茶を飲み、一息つくと歩き続けていた疲れが体に感じられます。

 思えば初めての体験が色々と多くありましたね……。

 スーパー、ホームセンター、それにあの周辺は初めて歩きましたが、色々なお店があったのですね……。

 それを思い返していると真樹さんは開け放たれた窓から外の様子を見ています。

 外を見ているのでしょうか? そう思っていましたが、問題を先送りにしてはいけないと思い真樹さんへと尋ねます。

「真樹さん、猫ちゃんの名前……どうしましょうか?」

「そうだった。すっかり、忘れてたな……」

「はい……。良い名前、ありますか?」

 子猫のクァ……という欠伸を見ながら、わたしは真樹さんに尋ねると彼も困った表情を浮かべていました。

 どうやら彼も名前が浮かびにくいようです。

 けれど、何かを思ったようでわたしを見て、ある提案をしてきました。

「……化さん。ここはひとつ、二人で浮かんだ名前を口にしてみるのはどうだ?」

「浮かんだ名前を、ですか?」

「ああ、浮かんだ名前を口にして、どちらが良いかを選べばいいんだ。その方がどっちが名前を選んだとしても良いだろ?」

 そう真樹さんが言ってきましたが、わたしとしては真樹さんが決め手も良いと思っていました。だって、わたしや子猫を住まわせてくれるのですから……。

 それを口にしようとした瞬間、真樹さんは手のひらを前に出してきました。

「化さんが何を言いたいのか何となくわかる。けどさ、俺がひとりで決めるよりも化さんも考えた方が可愛い名前も浮かぶと思う」

「真樹さん……でも、いえ……ありがとうございます」

「気にするな。っと、そう言えばこいつってオスとメスどっちなんだ?」

「あ、そうですね。わたしも今まで気にしていませんでした」

 真樹さんの言葉でわたしも考えていなかったことに気づき、子猫を見ます。見た目というか性格から理的な女の子みたいに感じられますが、男のかも知れませんし……。

 すると子猫は勝手にして……。とでもいうようにグテッと横になりました。

「えっと、どうすれば……?」

「なんというか、悪いことをしている気分になるけど……見るだけ見てすぐに判別してあげればいい。ちなみに調べ方は尻尾の後ろ……股の辺りに膨らみがあるかないからしい」

「わ、わかりました。……猫ちゃん、ちょっと失礼しますね」

「ミャア~~……」

 何というか申しわけない気持ちになりながら、わたしは子猫の尻尾を上げてお尻のほうをマジマジと見ます。

 すると予想通り、お尻の方にはぷっくりと膨らむような膨らみはありませんでした。

「……メスです」

「なるほど。だったら、女の子みたいな感じの名前が良いか」

「ミャア……」

 考える真樹さんを他所に、わたしに恥ずかしいところを見られた子猫は力なく……いえ、不貞腐れています。

 ごめんね、猫ちゃん。そう思いながらお腹を撫でると尻尾が動いていたので嫌われていないと思いたいですね。

「とにかく、名前を決めてあげよう。何時までも猫とか猫ちゃんって呼ぶよりも名前で呼ぶ方が化さんも良いだろ?」

「は、はい。じゃあ、考えましょうか」

 真樹さんに返事を返しながら、わたしは子猫を改めて見ます。

 毛並みは灰色……ですよね? 洗っていないから判りませんけど、もしくはくすんだ銀色かも知れません。

 瞳は……青色です。ですが聞いた話だと、子猫の時はすべての子猫は瞳が青色だそうですので……どんな色に変わるのかは分かりません。

「なまえなまえ……」

 どんな名前が良いでしょう。わたしも、真樹さんも満足するような名前。

 真樹さんはどんな名前にするのでしょうか? そう思いながらチラリと彼を見ると、スマートフォンを弄っているのが見え……呟きが聞こえます。

「最近はムギ、レオ、ソラが人気なのか……けど、そんな感じじゃないしな」

 どうやら名前が載っているサイトを見ているようです。そこから続いて、モモ、ココが女の子に人気か……という声も聞こえました。

 わたしも真樹さんが見ている物が気になり、彼へと近づきます。

「真樹さん。わたしも、ちょっと見ても良いですか?」

「うおっ!? あ、ああ、わかった」

 真樹さんはビクッと体を震わせましたが、すぐにスマートフォンを持っている腕をこちらへと近づけてくれたので覗きます。

 漢字は……姫や凛という名前が多いのですか。

「あ、小梅っていう名前もいいですね」

「あ、ああ、そう……だな……」

 ? わたしが彼のスマートフォンへと指をさすと、彼は戸惑った声で返事を返します。

 どうしたのでしょうか?


「――――っ!!」


 そう思っていたわたしですが、子猫の名前決めに夢中で真樹さんの背中へと体を密着しすぎていたことに気づきました。

 わたしは顔を赤くしながら、彼の背中から離れます。というか、わ、わたし……真樹さんの背中にむ、胸を押し付けていました……!?

 はしたない自らの行為に気づき、顔がますます熱くなるのを感じつつも真樹さんに謝らないとと思いながら、慌てながら口を開きます。

「そ、その、真樹さん。その……す、すみませんでした…………」

「い、いや、気にしないでくれ……! 俺も、スマホを化さんに渡せばよかったんだし……」

 わたしの謝罪に真樹さんはさも自分が悪いというように謝ります。

 うぅ、わたしが悪いのに真樹さんが気に病むだなんて……。

 申しわけない気持ちを抱いていると、彼は話題を変えるとでもいうように勢いよく手を鳴らしました。

「落ち込まないでくれよ化さん! というか、胸を押し付けてても叩かれるのは普通は男のほうだからさ! じゃなくて、何かいい名前は浮かんだか?!」

「え、あ、はっ、はい! 浮かびましたっ!!」

 真樹さんの言葉に一瞬呆けましたが、すぐにハッとして返事をします。

 わたしの言葉に真樹さんは頷き、スマホを置いて向き直ります。

「俺も決めたから……、同時に言おうか」

「わかりました。同時ですね」

「ミャア?」

 真樹さんの言葉に頷き、返事を返すと子猫は自分のことだと気づいてないのか首を傾げているのが見えました。

 わたしか真樹さん、どちらかの名前があなたの名前になりますからね!

 少し興奮しながらわたしは真樹さんの合図を待ちます。

「それじゃあ、いっせーのーで!」

 真樹さんの合図が出て、わたしは選んだ子猫の名前を口にし、同時に真樹さんも口にしました。

小銀こぎんです」「ギンカで!」

 名前は噛み合ってはいませんでした。……ですが、二人で銀という単語は入っていましたね。

 そう思いながら、わたしは自然と口元に笑みが浮かびそうになりましたが真樹さんはちょっと複雑そうな表情をしていました。

 自分で決めたら後腐れがないと言っていたのに、少し嫌だったのでしょうか?

 そんな見た目と違って少し子供みたいな印象の真樹さんをわたしは見ていると、彼はスマートフォンを再び手に取って何かを操作し始めました。

 いったいどうしたのでしょうか?

 そんな風に疑問を抱いていると彼はポソリと呟きました。

「え?」

 呟かれた言葉にわたしは首を傾げながら、彼へと尋ねました。


―――――

12/24 文章追加

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