第7話 case3 誘惑の牙2

「この阿呆が」


「ちょ・・・うおおおおお!・・・カゲマル!お前なにやってんのおおおお!」



目の前のまさかの出来事に、思わず叫ぶヨウジ。


つい先ほどまでバラ色の気分だった彼は動揺していた。


右肩に一瞬だけ重みを感じたと思ったら、ベッドの上にボンと何かが落ちた。


ユリの首だ。


ヨウジの身体には首を失った彼女の身体が寄りかかっている。


その切断面には、血が一滴も出ていない。


その死体の状態と、なによりも、自分の目の前に浮く大きなイタチの姿を見た彼は、この死体を作った犯人を特定して糾弾したのだ。



「よく見ろ、ヨウジ。その女の口を」


「ユリちゃんの口って・・・え?」



陰丸にそう言われたヨウジは、彼に言われるまま、自分の座るベッドの上に転がったユリの首を見た。


つい動揺して大声を上げてしまったヨウジだが、目の前にいる怪異・陰丸は自分の使役する怪異であり、意味もなくこんなことをする奴ではないからだ。


ヨウジの目に映るのは、口を大きく開けた妖しい笑顔を浮かべている首。


目は普通の人間のそれではなく、蛇のような形の瞳が白く濁っている。


そして、大きく開けた口から見える2つの牙。


そこでようやく彼は、これまで一緒にいた相手が普通の人間ではなかったことを知った。



「これは・・・」


「こやつは吸血鬼の眷属だ」


「マジかよ。ヴァンパイアの使い魔だったのか・・・」



吸血鬼(ヨウジはヴァンパイアと呼んでいる)は、西洋で広く知られている人間の血を好む怪異だ。


日本でも、古くから人間の血を好む怪異は存在するが、吸血鬼は比較的最近になって日本でも出没するようになった怪異である。


その最大の特徴は、血を吸った者を自らの眷属(ヨウジは使い魔と呼んでいる)とすることだ。


男性型の吸血鬼は若い女性を、女性型の吸血鬼は若い男性を眷属とする傾向がある。


眷属となった者は日中は普通の人間のようにふるまうが、夜になるとその口に2本の牙を現し、他の人間の血を吸いつくす。


吸いつくした血は、主である吸血鬼に捧げるのだ。


一度吸血鬼の眷属となった人間は、二度と普通の人間に戻ることはできない。



自らの身体に寄りかかるユリの身体の首元に、その眷属の証を示す2つの噛み後を見たヨウジは、吸血鬼の特徴を思い出しながら首なし死体を横にどけた。



「全く、あと少しでお前も血を吸われて死ぬところだったのだぞ。もっと警戒しろ」


「あ~~~~わかった。わかったから、ちょっと気持ちを整理させてくれ」



陰丸の小言にそう答えながら、両膝に手を置いて下を向くヨウジ。


彼は傷心していた。


好きになった魅力的な女性が、自分の血を吸い尽くそうとしていた怪異の眷属だった。


その事実は、普段怪異を狩っているヨウジにもショックな出来事だ。


(ちょっと話が上手すぎるとは思ったんだよな~)


そんなことを思いながら、ユリが怪異の眷属であることを見抜けなかった自分自身を情けなく感じるヨウジ。


いつになく落ち込むヨウジの姿に、さすがに少し心配したのか、陰丸が言葉をかける。



「・・・まぁ、ヨウジとしては辛かっただろうな。・・・・これから初めて漢になるというところだったのだからな」


「うるせー!そういうことは口にするんじゃねぇよ!」



陰丸の余計な一言に、思わず声を荒げるヨウジ。


怪異といえども幼い頃から家族同然に接してきた相手に、自らの童貞喪失の失敗について口にされた彼は、顔を真っ赤にするのだった。

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