幕間
一
お姉ちゃん。
その呼びかけに、知佳は我に返った。神社の拝殿だ。隣に
もう、お姉ちゃんってば。実理は呆れたように言った。いつまで願い事してるの?
ごめん。
知佳は慌てて拝殿の前から離れた。実理が後ろからついて来る。
二人はその日、近所の神社にお参りに来ていた。
目的は受験生である知佳の合格祈願だ。一月のよく晴れた一日で、正月が明けて人波が退けてきた時期のことだった。
ちゃんとお願いできた?
小さい子じゃないんだから、と知佳は苦笑した。お願いごとくらいできるよ。
どうだろ。お姉ちゃんは自分が本当にほしいものがなんなのかわかってないとこがあるし。
知佳たちは神社の境内を散策することにした。
神社は高台の麓にあった。それなりに古い歴史があり、鎮守の森として背後に竹山を抱えるほか、かつて名水の地として知られた滝がいまでもちょろちょろと流れていた。
でね。彼のことなんだけど。実理は付き合いはじめて一年になろうという恋人について話しはじめた。赤ちゃんみたいなの。なんでもしゃぶるのが好きで、噛みつくみたいにしてちゅーちゅー吸うの。わたし、この年にしてママだよ、もう。
実理は照れたように笑う。しかし、すぐに真顔になり、
でもね、たまに思う。わたし、いつか殺されるんじゃないかって。
そんな。まさか。
でも、お姉ちゃんも知ってるでしょ。あの人キレると何するかわからないんだから。
それから、こう付け加える。
ううん。キレなくても、か。冷静に怖いこと言うんだよね。今度、首を絞めさせてくれない? とか。
きっと冗談だよ。
本当にそう思う?
実理は知佳の目を見ながら言った。射るような視線だ。きっとこの子は本気で心配しているのだろう。
自分がいつか本当に殺されるのではないかと。
実理は歌うように諳じた。
お姉ちゃんでも誰かしらは知ってるんじゃない?
聞き覚えはある気がする。知佳は答えた。猟奇事件の特集か何かで。
そう。みんな人殺しだった。殺すのが好きだった。神様はたまにそういう悪戯をする。同胞を殺すことで性的に興奮を覚える人間を作る。
実理は微笑んだ。
しかし、すぐ真剣な表情になり、
でも、彼にとっては切実なのかもしれない。自分の同胞を探しているのかもしれない。そうすることで、自分が何者なのか知ろうとしているのかもしれない。
どこかでキジバトの鳴き声がした。実理はまるで声の主を探すようにして竹林の方を見やる。
あどけない顔立ちに、少し明るめの瞳、前髪を軽くすいた黒髪のショートボブ。
知佳とそっくりなその顔に、不安を滲ませながら。
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