9.辿り着くために

49.

 窓の外を眺めていた。天気も良く、穏やかな一日。東京都立晴海高等学校は今日も平和である。


 僕は現在、入学時とは別のクラスに所属している。理由は言わずもがな、例の不正薬物投与事件の影響である。事件が起きたクラスの生徒数は三十一人。その内のたった一人、僕だけが意識を回復させ、今こうして"隣のクラスに組み入れられる形"で日常生活を送る事が出来ている。


 昼休みになると、クラスメイトは皆思い思いの時間を過ごし始める。これが本当の青春なのだろうか。暗い顔を浮かべる人は誰一人としていない。同じ学校、ましてや学年で起きた事件だというのにまるで他人事だ。壁一枚隔てた場所にある"例のクラス"は空き教室になっている。事件から二ヶ月が経った今も尚、生徒のほぼ全員が昏睡状態から目覚めていないからだ。


 表裏一体とはいうが、殆どの者は裏がある事など知る由もないだろう。コインの裏側を見るには想像以上の労力を必要とする。だから誰も見ようとしないし、知ろうともしない。


 新参者。半ば転校生である僕のことを気にかける人はこのクラスに限っていえば皆無である。寧ろ、テロリストの子供ではないかという疑いをかけられる始末である。無理もない。三十一人という集団の中でたった一人助かるなんて奇跡はそう起きない。物理的な事故ならまだしも、等しく確定的に幻覚剤を投与されている中での出来事なのだ。奇妙といった方が正しい。

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