42.

 気づけば僕は暗闇の中にいた。テーブルの上には蝋燭の火が灯っていた。上体を起こすと、燈が同期するように僅かに揺れた。しんと静まり返っている。物音一つ聞こえない。判然としない空間ではあるが、どうやら夢の世界に入る事には成功したらしい。

「……」

 二人の姿はない。周囲を伺うと、少しばかり先に蝋燭の光が奥へ奥へと列を成しているのを発見した。「こっちにおいで」と言わんばかりである。か細い暗闇だ。暖かい光に安心を覚えるのは当然のこと。僕はそれを辿った。歩くたびに聞こえる木の軋み。蝋燭の火は燭台に乗せられ、書架の側面に取り付けられていた。こちらの世界でも図書館に変わりはないという事だろうか。

「……?」

 不意に感じる違和感。背後に何やら冷たい気配が---

「やっと来たのーアノちんーよー」

 振り向いた先に立っていたのは小柄な緑色の物体……って、もしかして幽霊!?

「わっ、うわぁ……!?」

 僕は仰天して尻餅をついた。今なにか喋ったような。

「驚くのも無理はないのー」

「……?ってあれ、小さな子供?」

 臆病風に吹かれて、つい正気を失いそうになった所を冷静にさせたのはその風貌である。見覚えのある濃緑のローブ(ユウトが身に付けているものよりも艶やかで上等なものに見える)に身を包んだ小さな体躯。髪は銀髪でフードを被っており、寝ぼけ眼な青い瞳とまん丸な童顔を覗かせていた。どう見ても子供だった。幼児くらいの。性別は判らない。

「きみさーアノちんだよねー」

 随分おっとりとした口調で喋る子である。僕は突然の遭遇に戸惑いながらも首肯してみせた。

「やっーぱりー。話あるからー。ついてこんまそんー」

 ローブの子供は方言ともつかない独特な言葉を使った。それは、かろうじて日本語のように聞こえる。とにかくついて行けばいいのだろうか?

「ほぇぇー」

 僕の意思を汲み取ったのか、気の抜けた声を発しながらローブの子供は歩き出した。コトンッコトンッと軽快に響く音。小さな手には杖のような物が握られていた。サユリとユウトの行方が気になる所ではあるが、未知数な暗闇である。下手に動けば記憶の断片よろしく、落下する可能性も有り得る。そうなった所で自分の身に何が起こるかは分からないが、この世界に詳しい二人がいない以上、無闇矢鱈に動くべきではないだろう。今は従う他なさそうだ。

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