35.

 無駄な足掻きだった。結果は同じ。僕は無力で弱くて──


「立て……!アノ……!」


 突然、声が響いた。

 風を切る音が二つ。それは怪物に命中し、僕に覆い被さる寸前で倒れた。


「ガッギャァァァ……!」


 断末魔の叫びが二つ耳元を通り過ぎる。

 一体誰が、どこから、上か?


「まだだ……!」


 先程と同じ声が警告する。顔を上げると、前方から残る一匹の猛犬が噛み付かんと急速に接近してきた。


「う……うあああッ!」


 僕は決死の判断で怪物目掛け、ナイフを突き立てた。それはしくもはらわたに命中した。


「……どうだ!?」

「ガギギギギギ……」


 血走った赤い目はなおも生を供給しているように見える。獰猛な鼻息は更に激しさを増していた。まさか──効いていない!?

 馬鹿力で身体が押し潰されていく。突き出された強靭な爪が僕の右腕をギリギリと引っ掻いた。


「ぐッ……がぁぁぁぁぁ!」


 神経を逆撫でするような激痛が半身を駆け巡る。そんな、この世界には痛みがあるとでもいうのか。


「アノちゃーーーん!!!」


 叫びの瞬間、怪物は宙を舞った。流麗な赤茶色の髪が透明な硝子玉を弾いて揺れる。素早い棒状の物体は直線軌道を描き、頭上を通過し、猛犬を突き刺した。少女は棒上の物体を両手で握りしめると、片足を軸とした体重移動で怪物を投げ飛ばした。

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