12.

 何処を目指す訳でもなく、ただ放浪した。筒を抱えながら仄暗く狭い石畳の通りを歩く。道の両端には煉瓦造りの家々がそびえている。何故かはわからないが多くの家の壁面が通りに覆い被さる形で迫り出していた。


 時折、真横を横切るのは黒いフードを深く被った人影。顔があるのかないのか。暗い雰囲気をまとっていた。


「……」


 声が声にならないくらい僕は絶望していた。迷路のように入り組んだ街並みは拍車を掛けるように視界を歪め、意識を朦朧もうろうとさせる。言葉が伝わらない以上、助けを求める事は出来ない。これ程までにか細い思いをしたのは初めてだった。


「……さん」


 僕の隣にはいつだって姉さんがいた。一人になる事なんてなかった。亡き人を思い、僕は筒を一層強く抱きしめた。


 どれくらいの時間が経っただろうか。追い討ちをかけるように、"雨のようなもの"が降り出してくる。


 僕は筒から濃緑の外套を取り出し、着用した。あの時の温もりはもうない。


「もう……駄目だ……」


 雨脚が強くなる度、弱音が増えて吐息が漏れる。こんな惨めな人生。流石の姉さんも認めてはくれないだろう。


 僕は石畳にうずくまり、やがてその場に倒れた。雨粒と同じ冷たく悲しい涙を流した。空腹は無慈悲に体力と気力を幻滅させ、間もなくして身体は硬直して動かなくなる。感覚が水溜りに沈んでいく。


(水たまりには奇妙な半身が映り込んでいる)


「──っ!───!──ッ──っ──!」


 また何処の国とも知らない言葉が聞こえてくる。だから聞き取れないんだって。もういいよ。


 生きているのか死んでいるのか。意識が途絶える瞬間、聞き覚えのある言語を聞いた気がした。


「君……大丈夫!?返事して──ねぇ……ねぇってば!」

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