第301話 仲良し夫妻
タデとヒイラギが髪を切った後、ヒイラギは「この王国に小さな命が産まれたんだ」と言い、二組の夫妻は浄化設備という名のビオトープへとデートに出かけてしまった。
更にはしっかりと、果実という名のおやつまで持って行ったのだ。ピクニックデートとはラブラブすぎて羨ましい。
そして髪を切り終わったスイレンと、やる気に満ち溢れたお父様は元気に作業現場へと戻り、残された私は延々と民たちの髪を切り続けた。
そのおかげで長くしなやかな髪がたくさん手に入り、女性陣はアワノキで洗うと言っておババさんの家へと向かい、皆私の周りから立ち去ってしまった。
取り残された私は疲れと、そしてなんとも言えないやりきれないような思いでいっぱいとなり、広場の椅子に座りボーっと遠くの山を見ていた。
遥か遠くに見える山々だが、その一つの山頂が瞬きの間に無くなったような気がした。けれど、音も聞こえず振動も感じなかったため気のせいだと思い、私は農作業をしようとそのまま畑へと入って行った。
────
夕食時となり、畑からの収穫物を持って広場へ戻ると、スイレンやお父様たちが作業を終えて戻って来たところだった。
「……お疲れ様……」
「あ! カレン! 今日はすごく作業が進んだの! 頭が軽くなったからかな?」
色々な意味で疲れた私が労いの言葉をかけると、スイレンは嬉しそうに髪を触る。
悔しいが、この純粋な笑顔と仕草に私は弱いのだ。
そうこうしているうちに、遠くから「モクレン様〜!」という声が聞こえて来た。
「どうした?」
声の主が全力疾走で森から出て来ると、お父様は一歩前に出て真面目なトーンになる。
「あちらからの作業がだいぶ進んでいるようです! あとほんの数日で国境が出来るかと思われます! あの高い山が崩れたようで、地も揺れました! 私の耳では分かりませんが、モクレン様の耳であれば向こうの会話も聞こえるかと思いまして!」
肩で息をしながら、身振り手振りで話す民をその場の全員が見ていたが、視線は自然とお父様に注がれる。
「なるほど。そうであれば、私が行ったほうが良いかもしれないな。……タデとヒイラギはどこだ? まだ戻ってないのか?」
顎に手を当て呟いたお父様だが、辺りを見回しタデとヒイラギを探している。
「そうね、まだ戻ってないわ。住居に戻ったのかしら?」
「ならば作業をしていた私たちが気付くだろう? タデたちは住居には来ていない」
いくらピクニックデートとはいえ、あまりにも時間が経ち過ぎている。四人の身を案じ、広場にいる皆はザワザワとし始めた。
ちょうどその時だった。
「モクレン……! みんなっ……!」
ヒイラギの声が聞こえ、そちらを見ると泣き腫らした顔のヒイラギと、とめどなく涙を流すタデが、青ざめてぐったりとしたそれぞれの奥様をお姫様抱っこをして、こちらへゆっくりと歩いて来ていた。
「ハコベ!? ナズナ!?」
いち早く動いたのは、ハコベさんとナズナさんの親友であるお母様だ。駆け出すお母様を見て、お父様もその後ろを追った。
「何が……何があったの!? 二人ともどうしたの!?」
お母様が錯乱状態となり泣いて騒ぎ出すと、お父様が後ろからお母様を抱き締め、落ち着くように言い聞かせている。
その様子を見て、ようやく呆けていた私たちもその場へ走り出した。
「……! ……っ!!」
お父様に「……どうした?」と聞かれたタデは、泣きすぎて声を出せそうにない。
普段、表情があまり変わらないタデの、見たことのない様子に私たちは困惑している。
「姫……ありがとう……。姫が浄化設備を作ってくれたから……」
ヒイラギに唐突にお礼を言われ、さらに困惑していると、ヒイラギの目からも涙がこぼれ落ちた。
「……レンゲ……うっ……」
ぐったりとしていたハコベさんが薄っすらと目を開け、そして弱々しい声でお母様の名前を呼ぶと、また苦しそうに目をつむった。
すぐに四人を広場へと誘導し、ムギンの藁や敷物を敷いて、ハコベさんとナズナさんをその場に寝かせた。
私たちが不安げにハコベさんとナズナさんを見守る中、タデと目配せし合っていたヒイラギが口を開いた。というよりも、タデは話せるような状態ではない。
「あのね……二人はずっと言い出せなかったみたいなんだ……」
「何を!? こんな状態になるまで、私にも言えなかったということ!?」
感情的に叫ぶお母様をお父様がなだめる。
「……浄化設備を見て……決心がついたらしいんだ……。……私たちに……っ……子どもが出来た……!」
一瞬、何を言っているのか理解出来ず、その場が静まり返った。その数秒後、一気に広場が沸いた。
タデもヒイラギも、お父様もお母様も、その場のほとんどの者が笑顔となり、喜びの歓声をあげる。
「……浄化設備に小さな命が産まれたと聞いて……それをみんなが喜んでいたと聞いたから……。これから国境も出来て……忙しくなるのに……ごめんなさい……」
どうにか声を振り絞ったナズナさんがそう言うと、私たちは「謝ることじゃない!」と笑顔で一喝した。
ようやくタデもヒイラギも笑顔を見せてくれ、お父様は号泣しながら親友である二人を抱き締め、自分のことのように喜んでいた。
以前はお父様の抱きつきを躱した二人だが、今は三人で抱き合って泣いたり笑ったりしている。
お母様も地面に突っ伏して声を上げて泣いている。その様子を見て、私も涙が止まらなくなってしまったのだった。
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