第291話 小屋にて

 ブルーノさんはリトールの町の服を、そしてジェイソンさんは国境警備隊の鎧を身に着け、帰り支度は万端だ。


「皆さん、また会いましょう!」


 ブルーノさんは笑顔で大きく手を振り、広場へ響き渡る声で別れの言葉を叫んでいる。


「先生へ……先生へよろしくお伝えください……」


 対して、ジェイソンさんは最後までじいや一色である。しかもまだメソメソと泣いている。そんなにもじいやが好きなのね……。


「さぁブルーノさん、ジェイソンさん、行きましょう」


 私が声をかけると、二人は名残惜しそうに何回も広場を振り返り、一歩ずつ進み始めた。

 ポニーとロバも、寂しそうなブルーノさんとジェイソンさんを気にしているのか、何度か顔を擦り寄せている。

 やはり二頭は頭の良い子たちなのだ。だからオヒシバの対抗心を理解しているのだろう。


────


 広場からのショートカットの道が出来たおかげで、まだ夕方にもなっていないのに監視小屋に到着してしまった。


 シャガとハマスゲと話し合った結果、名残惜しそうな二人のために、そしてご老体のブルーノさんのために、小屋でゆっくりすることにした。暗くなってからも無理に進み、砂嵐でブルーノさんに何かがあっては大変だ。


「この場所に来てなおさら思うが、あの広場の周りは本当に楽園だったなぁ」


 質素な造りの小屋の外で、座りながら果物を食べていると、ブルーノさんは溜め息混じりに呟いた。


「そう思ってくれて嬉しいわ。でも私はリトールの町も大好きよ」


 私の言葉にシャガもハマスゲも頷き、それを見たブルーノさんは微笑んでくれた。


「……本当に楽園だった……。先生がいて、先生に檄を飛ばされ、楽しく労働をしながら筋力強化も出来るのだから……」


 ジェイソンさんは私たちとは違う楽園を思っているらしい。その言葉に私たちは吹き出す。


「実際、ジェイソンさんはすごいです。おそらくですが、モクレン様、ベンジャミン様に次いで力があると思います」


 普段静かなシャガがそう言い、私とジェイソンさんが「えぇ!?」と同時に驚いた。


「単純に、重いものを持ったり持ち上げたりする力が凄いです。ただ、ジェイソンさんは兵ということもあって、戦闘に使う筋肉と作業に使う筋肉が違うので、ご自分で気付いていないだけだと思います」


 さらにシャガは、大人の森の民は木に登ったり、木から木へと飛び移ったりするので、しなやかな筋肉だと言う。それに比べてジェイソンさんは、強固な筋肉だと思うと話している。


 予期せぬ筋肉談議に私とブルーノさんはついて行けず、「ほー」「はー」と相槌を打つので精一杯だ。

 そして筋肉について語り合ったシャガ、ハマスゲ、ジェイソンさんの三人には、新たな友情が芽ばえたようだ。三人とも笑顔が増え、その表情を見た私とブルーノさんは顔を見合わせ微笑み合った。


『ドーンッ!』


 突如山の方から爆破音が聞こえ、私たちは驚いて会話を中断してしまった。けれど、続く第二波の音は聞こえて来ない。


「……私の耳にまで聞こえるということは、かなり近くまで工事が進んでいるのね。爆薬も生産することが出来たのかしら?」


 リーンウン国から帰る時、ニコライさんはダイナマイトの製造が遅れ、人力で工事を進めていると言っていた。

 そのことを思い出しながら呟くと、ジェイソンさんに質問をされた。


「リーンウン国との国境はどんな感じだったのかな? 実はまだ行ったことがないんだ」


 ジェイソンさんはあの国境に配属されてから、リトールの町までしか行っていないと言う。


「えぇと……ジェイソンさんのところよりも広かったわね。あと、お互いの国境の間に中立地帯があって、行き来があった時はそこに露店が建ち並んでいたそうよ」


 それを聞いたジェイソンさんは国境の待遇の違いに愕然としつつも、露店の話に興味津々といった様子だ。

 それはブルーノさんもそうだったようで、露店と聞いて「楽しそうだ」と声を上げた。


「だから、テックノン王国との間にそういう場所を作れたらいいなぁと、漠然と思っているのよ。でも私は、テックノン王国の人はニコライさんたちしか知らないし、王様がどんな人かも知らないから、可能ならって話ね」


 私がそう言うと、ブルーノさんもジェイソンさんもテックノン王国の悪い話は聞いたことがないと言う。

 むしろ、自国のシャイアーク王の悪い噂しか聞いたことがないと二人は笑う。自国民にそこまで言われるということは、噂通りの余程な王様なのね……。


「実際に開通してみないと分からないから、あえて言ってなかったけれど……露店が建ち並んだら、賑やかになって楽しいでしょうね」


 山を見上げながらそう呟くと、シャガもハマスゲも「姫様の夢を実現しましょう!」と、力強く言ってくれた。

 さらにはブルーノさんに、ジェイソンさんまでも「一緒にそれを作り上げたい」と言う。


 少しずつ成長してきたヒーズル王国が、もっと活気付く日が来ることを祈りながらその日は早めに休み、夜明けと共に私たちはリトールの町へ向けて出発した。

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