第290話 お供
目を覚まし起き上がろうとすると、衣擦れの音でスイレンも目を覚ました。
「あれ……? 僕……なんで……? 朝……?」
スイレンは昨夜のコッコ事件をすっかりと忘れているようで、なぜ自室にいるのか分からないようだ。世の中、忘れてしまったほうが良いこともあるので、あえて私は何も言わなかった。
そして朝だと気付くと、ブルーノさんとの時間を無駄にしてしまったと泣いてしまった。
「もう、スイレンったら。そんなに簡単に男は……」
後に続く言葉は『泣くものじゃない』だけれど、スイレンを慰めながら外へと出ると、ジェイソンさんがおいおいと泣いているのだ。
あまりの泣きっぷりに、スイレンに泣くなとも言えず苦笑いとなってしまう。
「先生ぇ〜……!」
「一生会えん訳でもあるまいし、いい加減泣き止め!」
ジェイソンさんは地面に跪き、胸の前で両手を組んでさめざめと泣いているが、そんなことが昨晩から続いてうんざりとした様子のじいやが一喝すると、一瞬微笑みまた泣き始める。
安定の情緒不安定さに、ある意味安心する。
「さぁ朝食を食べたら出発よ」
無慈悲な私の言葉にスイレンとジェイソンさんはさらに泣き、それを見た民たちの笑い声が広場に響く。
「うっうっ……僕もリトールの町に行きたいけど……民たちのために浄化設備を作らなきゃ……」
昨夜のようにスイレンはブルーノさんの横に座り、泣きながら朝食を食べている。スイレンの言葉を聞いたブルーノさんは微笑み、口を開いた。
「うん、スイレン君は初めて会った時から『民たちのため』と頑張っていたね。私たちはまた会える。ぜひ工事をやり遂げてくれ」
ブルーノさんはそう言って、最後にスイレンの頭を撫でると、スイレンの目からはポロポロと涙が溢れる。
そんな感動的な場面だが、私はまだ誰がリトールの町まで行くか決まっていなかったので、食事をしながら必死に頭を働かせていた。
食事を終えると、全員がそわそわとしたり慌ただしくなる。
「さぁみんな、お別れの時間よ。お父様、じいや、スイレンは先に作業に向かってちょうだい。他のみんなは、売り物を集めて荷車の準備を」
見ていられない程にスイレンとジェイソンさんが憔悴しきっていたので、あえて未練を断ち切らせるために発破をかける。
お父様たちは感謝と別れの言葉を言い、スイレンはお父様とじいやに慰められながらも作業へと向かった。ジェイソンさんはブルーノさんに慰められている。
私も売り物を集めながら人の波を縫って歩き、タデにはスイレンが落ち込むだろうからと、気にかけて欲しいことを伝える。
ヒイラギには少数精鋭で、頼んだものの作業をして欲しいと伝えた。
他の者たちにも、私たちが旅立ったらいつもの作業に取り掛かるように伝える。そして手が空いたら、夜営場所となっているテックノン王国からの爆破を監視する小屋までの道に、デーツの木を植えるように頼んだ。
しばらく見ないうちに脇芽も増え、種から発芽したものも多かったからだ。
「ふぅ」
作業をしながら指示を飛ばし、ほんのりと滲んだ額の汗を拭うと、背後に気配を感じた。振り向くと、イチビたち四人組が旅支度を終えて立っていた。
「そうだったわ。シャガとハマスゲは私たちに同行してちょうだい。イチビとオヒシバはここに残って」
私の言葉を聞いた三人は頷くけれど、オヒシバは絶望的な表情を浮かべ膝から崩れ落ちた。
オヒシバは残念な人であって、悪い人ではない。けれどポニーとロバと張り合ってしまうので、あの子たちのストレスのことも考えると、オヒシバは連れて行かないほうが良い。
お父様が落ち込んだ時のように、オヒシバもまたジメジメと重い空気を放ち始めてしまったので、私は必死に頭を働かせた。
「……イチビ、オヒシバ。重要任務を与えるわ」
私の言葉を聞いたオヒシバは顔を上げ、目に光が戻った。他の三人は察してくれたようで、まだ地面に座るオヒシバを笑いをこらえながら見つめている。
「イチビもオヒシバも、子どもたちに大人気なのよ。素晴らしいことだと思うわ」
既に察してくれているイチビを見ずに、オヒシバの目だけを見つめてそう言うと、オヒシバは「いやいや……」と言いつつも、嬉しそうに立ち上がった。
「私はね、子どもたちにはもっと遊んでほしいと思っているの。だから、オヒシバの力が必要なのよ!」
私の言葉にオヒシバはキリリとした表情で一歩前に出るが、イチビたち三人は口を押さえて一歩下がる。肩が上下に揺れているので、かなり笑いを我慢しているのだろう。
「イチビとオヒシバは、夕方近くになったら作業を終えてちょうだい。そして遊具やオアシスに子どもたちを連れて行って、思いっきり遊ばせてほしいの! お願い、オヒシバ!」
両手を顎の前で組み、上目遣いで小首を傾げる。いつぞや以来の、女の武器を使ってしまった。
「お任せください! このオヒシバ! 姫様と子どもたちのために、誠心誠意働きます!」
……笑ったらダメよ。そう自分に言い聞かせる。オヒシバは握りこぶしを空高く掲げ、その後ろではイチビたちが声を出さずに笑い転げている。
「かしこまりました」
笑いが落ち着いたイチビがそう言うと、シャガとハマスゲが「良かったな!」「頑張れよ!」と、笑顔でオヒシバの肩を叩いて励ましている。
「……ゲホッ」
あまりにも自分らしくない振る舞いと、みるみるうちに表情が変わったオヒシバに耐えられなくなり、私はむせたフリをして後ろを向いてようやく笑ったのだった。
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