第243話 カレンとコッコ

「……カレンさん、大丈夫ですか?」


「少し疲れただけよ。大丈夫」


 私とスズメちゃんは洗濯の真っ最中だ。兵たちとの謎の戦いから一夜明けた今日、気を利かせた兵の数人が国境へと行き、私の料理を食わせてもらえと警備を代わり、昨日食べられなかったハトさんやカラスさんたち警備隊が食事に訪れたのだ。


「みんなの食欲がすごくて驚いたわ……」


「カレンさんのお料理はとても美味しいので、いくらでもお腹に入るのは分かります」


 スズメちゃんはそんな嬉しいことを言ってくれる。今朝の朝食は、昨日クジャが食べられなかった豚丼だった。朝から豚丼とは……と思ったが、前日に比較的サッパリとしたものしか王家に出さなかったせいで、クジャは『とても美味いと聞いたのじゃ!』と駄々をこね、ハヤブサさんまでもが『……食べてみたい』と言ったものだから、作らないわけにはいかなかった。


 ようやく朝食を作り終え、私や厨房の女中も朝食を……というタイミングでカラスさんたちが訪れ、新たに朝食を作ることになったのだ。とは言え、その時点でもうブーの肉が無くなっており困ってしまった。


『私たちの居住区にコッコがいます。手の空いているものに絞めてもらいましょう』


 一人の女中のその言葉を聞き私は走った。突然走り出した私に驚き、女中の一人が後ろからついて来た。


『どうしたんです!? カレンさん!?』


『コッコはどこ!?』


『そこを右に曲がったところに……』


 その言葉を聞き、走る速度を上げた。小さな道を曲がった先には柵の中にコッコたちがいた。一羽を捕まえ、そのまま厨房へと逆戻りした私はその裏口で叫んだ。


『包丁とまな板を!』


 私を追って来た女中は顔が引きつっていたが、厨房の中へと入り震える手で包丁とまな板を持って来てくれた。その後ろからは『何事?』と、厨房内の女中たちが出て来た。


 女中たちに構わず、暴れているコッコを押さえながらバキッと首の骨を折ると、数人の女中が気絶して倒れてしまった。

 そのことに驚いてしまったが、肉は鮮度が命である。動かなくなったコッコの首を包丁で切断し、手で逆さ吊りにして血抜きをすると、切断面から血が流れる。それを見た残っていた女中たちがさらに気絶してしまったのだ。

 おそらく女中たちは『肉』にされたものしか見たことがなかったのだろう。


 美樹は自宅で鶏を飼っており、肉代の節約のためにそれを絞めて食べていた。子どもの頃から『生きるために必要なこと』と言われて育ったので、絞め方も人によって違うだろうが、その作業は見慣れているし手慣れている。けれど女中たちは違ったのだろう。


 そこにたまたまスズメちゃんが食器を下げに来て、倒れた女中たちを見て人を呼びに行ってくれた。

 女中たちに申し訳なく思いながらもブチブチと羽をむしっていると、女中たちは家臣たちによって運び出され、その場に残ったスズメちゃんに言われた言葉は忘れられない。


『……お姫様……なんですよね……?』


『……かろうじて……。でもさすがにベーアは捌けないわ』


 私の返答にとてつもなく微妙な顔をしたのも忘れられない。


 スズメちゃんはモズさんが絞めるのを見たことがあるらしく、耐性があったためにそのまま料理を手伝ってくれた。マイを炊いてくれ、私はそのまま肉を切り分け、一部前日とかぶる料理を作りながら親子丼を完成させた。

 スズメちゃんは『親子ドン?』と聞くので、肉と卵を指さし『親子』と答えると泣きそうになっていた。


 そして料理をカラスさんたち警備隊に出し、後片付けをしたところで私とスズメちゃんの服にコッコの血がたくさん付着しているのに気付き、着替えて洗濯をしているというわけなのだ。


「私、カレンさんには驚かされてばかりです……」


「言ったでしょう? 大雑把だって」


「いえ、大雑把だなんて思いません。豪快だとは少し思いますが……。カレンさんはお姫様なのに、みんながやりたがらないことや難しいことを率先してやっています」


 スズメちゃんの洗濯の手が止まる。


「私はよく食べ、よく笑う、美しいクジャク姫が子どもの頃からの憧れでした。でもカレンさんはお裁縫も、お洗濯も、お料理も上手で、コッコだって一人で捌いてしまう。私と同じ歳なのに、お姫様なのに何でも出来てしまう。私は人としてカレンさんに憧れています」


 真っ直ぐに私を見つめ、スズメちゃんは力強くそう言ってくれた。気恥ずかしくなり、私はその純粋で真っ直ぐな視線に耐えられなくなりそっと目をそらした。

 そんな時、メジロさんの声が聞こえた。


「カレンさーん! スズメー! スワン様がお呼びよー!」


 スワン様というのはクジャのお祖母様だ。朝食は残さず食べたと聞いているが、何かあったのだろうか?

 そらしてしまった視線をスズメちゃんに戻すと、スズメちゃんも困惑しているようである。待たせるわけにはいかないので、洗濯物をそのままに私たちは寝室へと走った。

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