第233話 客人

 どんどんと家臣たちの声が近付いて来るが、この部屋に向かっている人は無言を貫いているのか、家臣たち以外の声は聞こえない。

 足音が止まったのを確認した私は、向こうが開ける前に扉を開けた。


「あなたねぇ! 王様はお食事中……え!?」

「ハヤブサ王! 体調は……え!?」


 同時に声を発し、お互いに数秒の沈黙の後、また私たちは同時に騒ぎ出した。


「ニコライさん!?」

「カレン嬢!?」


 そこには久しぶりに見るニコライさんが立っていたのだ。お互いに混乱し、見つめ合ったまま動かずにいると、遠くから「何事だ!?」という声が近付いて来る。その速さは尋常じゃない。それもそのはず、声の主はお父様だ。


「カレン嬢……そんなに見つめられると……あぁ! お会いしたかった!」


 何を勘違いしたのかニコライさんは両手を上げ、私に抱きつこうとしたタイミングでお父様が到着した。


「貴様何者だ!? カレンに触れるな!」


 お父様はそう叫び、ニコライさんの襟首を掴んで引き倒す。尻もちをついたニコライさんは呆然としたまま口を開いた。


「……カレン嬢……私という者がありながら、もう他の方とお付き合いをされておられるのですね……」


「ちょっと! ニコライさん! 変なことを言わないでちょうだい!」


 とんでもないことを口走るニコライさんに怒鳴ると、名前だけは覚えていたようでお父様の威嚇が収まる。すると呆れたように、後方からクジャの声が聞こえた。


「……ニコライよ。確かにこの国に出入りは自由にして良いと言ったが、この部屋まで来るのはどうかと思うぞ」


 振り向くと、いわゆる納豆汁を啜りながらクジャは呆れ果てた顔をしている。


「あぁ! クジャク嬢! 今日もお美しい! 私と結婚しませんか?」


 つい数秒前に私に抱きつこうとしていたニコライさんは、急にクジャに求婚を始める。お父様は「噂以上だな」と小声で呟き呆れている。けれどニコライさんの軽率な発言は、呆れを通り越してクジャを愛する二人を怒らせてしまったようだ。


「「今、何と?」」


 ハヤブサさんとチュウヒさんが低い声で問いかけている。


「……父上、処刑しましょう」


「そうだな」


 シスコンを発症させたチュウヒさんがそう言うと、クジャを溺愛するハヤブサさんは即答する。私とお父様は処刑発言がツボに入ってしまい笑いが止まらなくなったが、クジャは何事もなかったかのように食事を続けており、ニコライさんは青ざめて震えている。


「……ハハハハヤブサ王、チチチチュウヒ王子……冗談ですよ……」


 必死に冗談だとアピールするニコライさんだが、その顔には変な汗をかき始めている。


「言って良い冗談と、悪い冗談がありますよね?」


 クジャのお兄様のチュウヒさんは冷たく言い放った。そろそろ助け舟を出してあげよう。


「もうニコライさんったら。この通り皆さんは食事中だし、ここは寝室よ? 無礼極まりないわ。食事が終わるまで別の部屋で待っていてちょうだい」


 そう言うと下を向いていたニコライさんは、ハッとしたように顔を上げた。


「そうでした! カレン嬢を見てうっかりしておりましたが、王家の病気に効くような薬を持ってきたのです!」


 私が到着する前にニコライさんはこの国に出入りをしていたのだ。ニコライさんなりに、あの病状を見て必死に薬を作ったか探して来たのだろう。この部屋まで来たニコライさんに、本気で怒らない王家の人々はそのことは分かっているのだと思う。

 そんなニコライさんは何かに気付いたようだ。


「……皆さん、お元気になっておりませんか?」


「見ての通り、毎日の食事のおかげでな。カレンには本当に感謝しておる」


 そう言って笑うクジャの口元には納豆ことイナッズがくっついている。この国では粒のまま食していたようだが、飲みやすいように私が包丁で叩き、かなり細かいひき割りにしたのだ。その小さな粒にクジャは気付いていないようだ。


「もうクジャったら。イナッズがついているわよ」


 持っていた手ぬぐいでクジャの口元を拭いてあげると、クジャは嬉しそうに微笑む。私もまたハヤブサさんやチュウヒさんに負けないくらいクジャを甘やかしてしまっているのだ。すると背後から恨めしい声が聞こえてきた。


「……お待ちくださいクジャク嬢……。それは毎日カレン嬢の手料理を食べているように聞こえるのですが……」


「その通りじゃが?」


 食事を再開しながらクジャが肯定すると、リトールの町のペーターさんが『うるさい奴』と表現する通り、ニコライさんがうるさくなる。


「ずるいです! 私もカレン嬢の手料理が食べたいぃぃぃ!」


 もはや何をしに来たのか分からなくなっているニコライさんは、途端に猛烈な駄々をこね始めた。周りの家臣たちは困り果てているし、お父様は見たことのない生物を見るように面白がって観察を始めている。


「ほんにうるさいのぅ! 父上も兄上も食事中じゃ! しばし待っておれ!」


 パシーンと箸を置いたクジャが一喝すると、ニコライさんはようやくおとなしくなった。大盛りにしたはずのクジャの食事は、綺麗に全て平らげているのに私は驚いている。


「メジロとスズメはカレンの代わりに動いてくれ。ニコライ、ついてまいれ。あまり認めたくないがこ奴も一応客人である。カレン、申し訳ないが、何か作ってやってほしい」


 クジャの一言に皆が動き出す。面倒ではあるが、ニコライさんをどうにかしなければハヤブサさんたちの食事がままならないので、私も溜め息と一緒に動き始めたのだった。

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