第232話 それから
じいやこと、伝説の鬼教官のせいでトラウマを抱えたレオナルドさんのおかげで、夜間の看病は問題なく行われた。
数日の間、メジロさんたちが起きると一時間から二時間ほど仮眠をさせてもらい、起きては看病をする。万能草の臭いが気にならなくなる頃には、お二人の床ずれもだいぶ良くなった。
お父様とじいやは私と共にこの国に留まり、クジャのお父様から直々に兵たちの訓練を頼まれていた。なぜかレオナルドさんも一緒に訓練を受けることになったが、レオナルドさんはシャイアーク国王には既に忠誠を誓っておらず、むしろリーンウン国のためにシャイアーク国の国境警備隊として駐屯していたので、誰も文句を言わなかった。
ただ、伝説の鬼教官はレオナルドさんに厳しかった。私からすると筋骨隆々に見えるが、じいやには鈍りきったように見えたらしく、「日が暮れる前に戻って来い」と、リトールの町とヒーズル王国の国境に私たちの現状を伝えるように走らせた。
「待ってレオナルドさん! リトールの町に、エルザさんという人がやっているお店があってね……」
リトールの町へと行こうとしていたレオナルドさんを呼び止め、私はリーモンとその苗木を買って来てもらうように頼んだのだ。じいやには「枝の一本も傷つけるな」と脅され、レオナルドさんは青ざめながら行ってくれた。
サギはというと、クジャのお祖母様とお母様にしたのと同じ状態にされていたが、一人きりで絶望を味わったせいか、かなり精神にダメージを負ったようだった。異常をきたすギリギリのところでお父様たちに関節をはめられ、そのまま牢へと入れられたらしい。私やクジャには詳しいことは言わなかったので、その後は分からない。
そして王家の皆さんだが、最初の数日は体調に変化が見られず、表には出さないが私は焦ってしまったくらいだった。
けれど少しずつ重湯を飲む量が増え、それがお粥に変わり、さらに栄養のある玄米のお粥に変わっていった。水だけではなく、お茶やオーレンジンの果実水、酸っぱいのを我慢してもらいながらリーモンのスライスをかじってもらっているうちに、みるみると回復をしていったのだ。
「カレ……ンさん……」
「ありが……とうご……ざいます……」
ある朝、クジャのお祖母様とお母様は声を発した。その喜びはまたお二人の治癒力となり、お二人は目に見えるほどに回復をしていった。けれどしばらく寝たきり生活だったせいで筋力が著しく低下しており、そのリハビリも開始したのである。
お二人は弱音を吐くこともなく、最初は寝台の上で手や足を動かすことから始め、今では私たちがしっかりと支えるとお便所へと行けるようにもなった。お便所へ行くことで体の様々な部分を使うので、リハビリにも効果的であった。
そんなある日、食事を作った私はメジロさんとスズメちゃんと共にクジャのお父様たちの部屋へと向かった。ちなみにメニューは、モリノイモと梅干しに似たプランの塩漬けの炒めもの、かなり柔らかめに炊いたマイに、食べやすく細かく刻んだ漬け物、そして野菜がたくさん入ったイナッズの汁物、要するに納豆汁だ。
「失礼します」
「待っておったぞ!」
私たちが部屋に入ると、最初に声を上げたのはクジャだ。クジャもモズさんも傷の完治はしているのだが、意外にもクジャはブラコンとファザコンだったようで、自室に戻らずこの部屋で一緒に生活をしていた。なので必然的に、療養食を持ってくると「わらわも食べるのじゃ!」と騒ぎ、クジャの分まで作るようになったのだ。
「本当に誰に似たのやら……」
「父上、クジャはカレンさんと出会い、とても良い子になりましたよ」
呆れているのはハヤブサさんで、チュウヒさんはシスコンを発症させてしまっていた。
「はいはい、クジャの分は多めに盛り付けたわよ。今日も皆さんが食べ慣れたものを使って料理をしました」
そう言いながら元気なクジャにお盆ごと食事を手渡し、ハヤブサさんとチュウヒさんの寝台に、病院などでよく見る『オーバーテーブル』を設置する。お父様とじいやに頼み作ってもらったのだ。
「それにしてもカレンは本当に料理上手なのじゃ。我が国くらいでしか食べない食材を、こうも毎日美味く作るなぞ驚いたぞ」
いただきますもせずに食べ始めていたクジャに、その場の全員が苦笑いと溜め息をこぼす。「療養期間なので良い」と黙認する辺り、ハヤブサさんはクジャに甘いのだが、こんな時なので家臣たちは誰も何も言わないのだ。
「もうクジャったら! 一人で先に食べ始めたらダメと何回言ったら分かるの!」
代わりに私が毎回クジャを叱っている。
「しかし……カレンの料理は美味いから仕方がないのじゃ……」
そう言ってショボンとするクジャが可愛らしく、私もまたこれ以上言えないのもお決まりだ。そんなやり取りをしていると、一人の家臣が入って来た。
「お食事中に失礼いたします。客人が参られているのですが……」
「客人?」
ハヤブサさんがそう返答をすると、遠くから家臣たちや女中の「お待ちください!」や「お食事中です!」という声が近付いて来る。
敵ではないようだが、王様の食事を邪魔するなんて、と私は少し苛立ちながら、腕を組み扉の前に立ちふさがったのだった。
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