第230話 まさかの料理
洗濯を干し終えた私はふと、クジャのお祖母様たちのいる部屋と、お父様たちのいた部屋の間を見た。何の違和感もなく、最初からそこにあったかのように壷のような花瓶が置かれている。
「……」
思わず無言になってしまった。白い陶器の花瓶に映えるよう、鮮やかな緑の葉っぱが活けられているが、それは全て万能草ことドクダミだったのだ。私の様子に気付いたお父様が口を開く。
「先程、治療に生の葉が良いのだろうと、家臣たちが持って来てくれたのだ」
確かに必要ではあるが、これでは常にあの臭いが……いや、諦めよう。
「後で……お礼を……言いましょう」
無理に笑顔を作ったが引きつっていたらしく、私の顔を見たメジロさんとスズメちゃんに笑われてしまった。
せっかくの好意を無下にするわけにはいかない。しばらくすれば鼻も慣れるだろう。早速数本のドクダミを花瓶から抜き、葉を刻む。そしてそれを布に包み、床ずれの箇所に塗りながら寝返りを打たせる。
それを終わらせ厨房へと向かい、また重湯を作る。先程のものはほとんど残ってしまったので、マイの量を加減しながら作っていると、洗濯場に来た女中が厨房へと入って来た。
「あ! さっきはありがとうございました! あの実はサイガーチと言うんですか?」
「そうです」
私の質問に女中は淡々と答える。それを見たスズメちゃんは少しピリついている。
「帰る時に苗木を分けていただこうと思って」
そう言うと女中の表情は少し変わった。
「……もうお帰りになるんですか?」
「いいえ。皆さんが元気になるまでは滞在させていただこうと思っています」
そう言うと女中は「そうですか」と言いながら、一瞬笑顔を見せた。けれどすぐにハッとした表情となり、また真顔に戻ってしまった。もしかしたら、向こうも仲良くしたいと思ってくれているのかと期待してしまう。けれど焦ってはいけない。私も何事も無かったかのようにし、重湯を作って部屋を回った。
────
クジャのお父様もお兄様も、支えさえあればお便所にも行けるので、食事の持ち込み以外の世話はモズさんとコゲラさんに任せることにした。
ただ、お祖母様とお母様は定期的におむつ交換、床ずれの治療、そして体勢を変えなければいけない。私はそちらにかかりっきりになるだろう。
「カレンさん」
一通り作業が終わり、しばし考え事をしているとメジロさんに呼ばれた。
「ささやかではありますが、皆さんの歓迎のお食事を用意いたしました。クジャク姫と共にお食事をお楽しみください」
そしてスズメちゃんに問答無用で手を引かれ、食堂へと向かうと、既にお父様たちは着席していた。お父様にじいや、レオナルドさんがおり、カラスさんとハトさんは一度国境へと戻ったらしい。
「おぉカレン! 早く座るのじゃ! 我が国の料理は独特なので好みが分かれるかもしれんが、たくさん食べてほしいのじゃ!」
そのクジャの言葉と共に、食堂には料理が運ばれて来る。大皿には、ヒーズル王国では栽培していない野菜を使った炒めものや煮物、コッコの丸焼きなどが豪快に盛り付けられている。
そして一人一人の前に、白米と山菜が入っている味噌汁が置かれている。
「ああぁぁぁぁ!」
さぁ食べよう、というところでの私の叫び声に全員がビクリとしている。大皿料理にばかり目が行っていたが、小皿に控えめに盛り付けられているものを見て叫んだのだ。
「最高! 最高すぎるわ! 後で大量に買わせていただくわ!」
小皿には漬け物、梅干し、納豆が入っているのだ。私にとっては最高のご馳走だ。キュウリと思われる漬け物を食べると、クジャは「キュウカッパという野菜の塩漬けじゃ」と説明してくれる。
「カッパでも何でも良いわ! 最高!」
ポリポリとかじっていると、お父様たちも口に運ぶ。ほのかな塩味と歯ごたえに、お父様たちも「旨い」と食が進む。
次に梅干しを丸ごと口に入れた。日本のものとは品種が違うのか、想像していたよりは酸っぱくなかったが懐かしい味が口いっぱいに広がる。
「酸っぱ〜い! 美味しい!」
「プランという実を干して塩漬けにしたものじゃ」
お父様とじいやは「皆が喜びそうだ」と話し合っているが、レオナルドさんには無理だったようで「酸っぱい!」と涙目になっていた。
そして最後の楽しみに取っておいた納豆である。セウユを入れて混ぜ、これでもかというほど粘らせていると、お父様たちは微妙な顔をしている。レオナルドさんは鼻をつまんでしまった。お構いなしにマイにかけて食べると、日本と同じ納豆の香りと味がする。
「ネバネバ最高よ〜!」
一人で悦に入っているが、口から糸を引く私にお父様たちは軽く引いているようだ。じいやは大丈夫そうであったが、お父様とレオナルドさんは納豆はお気に召さなかったようである。
「イナッズという食べ物じゃ。普通なら、この国以外の者は嫌がるのにのぅ」
クジャは私を見て笑っている。やはりこの独特の臭さとネバネバが苦手な人が多いようだ。
「私、毎日これが食べたい!」
高らかに宣言をすると、追加の漬け物を持って来ていた女中が笑う。それはあの厨房の女中だった。
「こんなに美味しいものをありがとう!」
私と共にお父様たちも礼を言うと、ようやく女中は笑顔を見せてくれたのだった。
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