第217話 侵入開始!

 木の上からなど、遠目からリーンウン城を見たときはただの平屋の建物だと思っていたが、実際に裏手に回り込み物陰から城を確認すると、建物の後ろ側は壁のない屋根だけの廊下が続いていた。その廊下を家臣たちが行き来しているのである。


「どこにクジャのお父様がいるの?」


 一度森の中に入り直し、建物内の間取りを聞くことにする。西に面しているという入り口から入るとすぐに、玉座の間というか、謁見の間があるらしい。ただそれは名前だけで、宴の時などに使われることがほとんどだそうだ。

 その玉座の間から廊下に続く扉が三ヶ所あり、その扉の前にも兵はいるそうだ。南側には食事をする場所や厨房、それに城で働く者たちの住まいがあるそうで、北側には執政をする部屋がいくつかあり、通常だとここにクジャのお父様やお兄様がいるらしい。

 そしてクジャたち王族は東側にそれぞれの部屋があるとのことだった。ちなみに日本でいう宮家や華族にあたる人たちは、城のすぐ側の城下町で暮らしているらしい。


 なので、目の前に見えるのがクジャたちの住まいなのだが、騒ぎをなるべく起こさずに一度クジャのお父様と話がしたい。体調から考えて、起きて執政をしている可能性は限りなく低い。


「私たちが騒ぎを起こして、注意を引きつけますか?」


 口を開いたのはハトさんだった。正面入り口で騒ぎ立てれば、兵たちや家臣たちが集まるだろうと言う。そしてこの森からクジャたちの住まいである東側の建物までは、庭園のような造りになっている。木や岩などに隠れながら進めば、目的の部屋に到着することが出来るだろう。


「ようやくわらわの出番じゃな。この庭は脱走する時に使っておるから、死角になる場所は把握しておる!」


 ここにきて、クジャのお転婆が発揮される時が来たようだ。そうと決まれば作戦決行である。


「では行ってきます!」


 そう言い残し、カラスさんとハトさんの二人は森の中を駆け抜けて行った。少しすると、壁のない廊下である回廊には人が増え始める。そして口々に「女は逃げろ!」や「男は入り口へ!」という叫び声が聞こえて来る。そのまま人々の動きを見ていると、クジャのお父様のいるであろう部屋付近には誰もいなくなった。

 その瞬間、クジャは動き出した。私たちも後を追うと、窓辺に鑑賞用の木々が植えられた場所に辿り着く。

 壁に耳を当てると、人の声が聞こえる。


「何やら城の前で騒ぐ輩が現れたようです。様子を見て参りますので、しばしお待ち下さい」


 その声が遠ざかると、やがてパタンとドアの閉まる音がした。引き戸ではなくドアだったのが意外で、密かに感心をしてしまう。そしてそっと窓から中を覗こうとして、また驚く。

 木枠にガラスが嵌められ、窓の形状は内倒し窓だったのだ。その狭い隙間には、一番体の小さな私でも入り込むことが出来ない。


「……クジャ、このガラスを割ったらダメ?」


「ダメに決まっておろう!」


 小声とはいえ、窓辺でやり取りをしていれば室内にも声が聞こえたようで、窓の向こうからピリついた声が聞こえた。


「……何者だ……」


「兄上!」


 その声の主はどうやらクジャのお兄様だったようで、クジャが窓辺に顔を出す。その勢いで私も一緒に顔を覗かせた。


「……クジャ……?」


「クジャ……だと……?」


 部屋の中には木で出来た寝台が二つあり、それぞれに男性が二人横たわっていた。


「父上! 皆は病気なのじゃ! わらわの友人であるカレンが、皆を治すとここまで来てくれたのじゃ!」


 クジャが必死で訴えるが、二人は痩せ、顔色はかなり悪く、病状はかなり悪化しているように見える。けれど二人はクジャに釘付けとなり、目を見開いている。


「その……顔の痣は……?」


「はじめまして。カレンと申します。単刀直入に言います。皆さんは病気なのに、クジャが呪いをかけたなんて馬鹿らしい話のせいで暴行を受けたんです。ここにいるモズさんも」


 そう言うとモズさんも、ひょこっと窓辺に顔を出した。その痛々しい包帯だらけの顔に、二人は驚愕の表情をしている。どういうわけか、この二人はクジャとモズさんの現状を分かっていなかったようだ。


「突然話に割って入って済まない。カレンの父だ。そして私たちのじいも同行している。人が来そうだ、一度隠れるぞ」


 突然立ち上がったお父様がそう言うので、木の陰に隠れたり壁に張り付いたりと、とりあえず窓から避難する。すると部屋の中に先程の声の主が入って来たようだ。


「もうすぐ賊は捕まえられるでしょう。私たちがクジャク姫に何かしただのと触れ回っているようで。こんな時に全く……」


 カラスさんとハトさんを、溜め息混じりに『賊』呼ばわりしたことと、クジャのことに触れたのにカチンと来たが、グッと堪えた。それはクジャもそうだったらしく、握りこぶしを作り耐えている。


「今日は少し気分が良いのだ……。庭を眺めたい……」


「それはようございました。きっと国中からの祈りのまじないが効いたのでしょう」


 音から察するに、窓辺に椅子が置かれたようである。クジャのお父様は、支えがあれば何とか歩けるようで、椅子に腰を下ろす音が聞こえてくる。

 それにしてもまじないだなんて……。薬が有名な国なのに、なんて原始的なことをしているのかしら。どんどんとイライラが募ってくると、クジャのお父様はポツリポツリと言葉を発し始めた。

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