第141話 お母様の破壊力

「おーい! みなさーん! ペーターさーん!」


 我先にと一人で丘を駆け下り、リトールの町に向かって大声で叫ぶ。前掻きをしていたバは御者たちの静止を振り切り繋いでいた縄を引きちぎって私の元へと走って来た。


「バ! 久しぶりね!」


 声をかけるとバは嬉しそうに顔を押し付けてくる。


「カレンちゃんか!? やったぞ! 勝った!」


 バの陰から現れたペーターさんはガッツポーズをしている。


「勝った? どういうこと?」


「今この町ではカレンちゃんが来るか来ないかの賭けをしている」


 なんてことかしら……私が賭けごとを教えてしまったばかりにこんなことまで賭けの対象にしてしまうなんて。呆れているとスイレンたちが追い付いた。するとバは私とスイレンの顔を交互に見て驚いているようだ。


「ペーターさん! お久しぶりです!」


 スイレンも疲れきった体だろうに走って来るとペーターさんはとても嬉しそうに笑顔になる。


「スイレンくん! 久しぶりだな! しばらく見ぬうちに立派になった!」


 孫に久しぶりに会ったおじいちゃんのようにワシャワシャとスイレンの頭を撫でるとスイレンも照れ笑いをしている。


「まぁまぁ! はじめまして。カレンとスイレンの母です」


 いつになくウキウキのお母様が私たちの後ろからそう言うとペーターさんはあんぐりと口を開けている。


「あなたがペーターさんね。いつも子どもたちがお世話になって」


 ほほほ、と笑うお母様を見てペーターさんはどんどんと顔が赤くなっていく。どうやら見惚れているようだ。ペーターさんの血圧が心配で仕方がない。


「お……お……王妃様……」


「一応、肩書きはそうですがそんなに立派なことはしていませんよ。今日だって着の身着のまま来ましたし。子どもたちのほうが国の為、民の為と頑張っておりますよ」


 ニッコリと笑うお母様を見て、ペーターさんだけではなく御者たちも呆けている。バはお母様よりも私とスイレンに興味津々のようだが。


「そうだわペーターさん。過度な賭けごとは駄目よ?」


 ペーターさんに話しかけたのだが、お母様が「賭けごと?」と聞き返す。じいやがいないので怒られるのを覚悟で賭けごとについて説明すると「悪い子ね!」と軽く叱られたが、ペーターさんに「悪いお人」なんて流し目の笑顔で言うものだから、ついにペーターさんの血圧は限界突破をしてしまい倒れてしまった。


「まぁ! 大丈夫ですか!」


 お母様はペーターさんに駆け寄りペーターさんの体を気遣って膝枕をするが、ペーターさんは「……もう勘弁してください……」と心臓麻痺まで起こしそうになっている。慌ててスイレンが走って行き手を握ると少し落ち着いたようだ。チラリと後方を振り返るとヒイラギたちは「これは絶対にモクレンに言ったら駄目だ」と話し合っている。お父様……怪我人や病人にもヤキモチを妬くのはいけないわ……。

 こうしている場合ではないと私もペーターさんの元へ駆け寄り、さり気なくお母様を立ち上がらせペーターさんのいろんな意味での安全を確保する。この騒ぎで町の人たちがペーターさんが倒れたことに気付いたようで、人が集まって来ると「心配はかけられない。大丈夫だ」とペーターさんは立ち上がったがその顔はまだ赤い。


「本当に大丈夫ですか? あまり無理はなさらないでね」


 自分が事の発端だと気付かないお母様はそう言ってペーターさんの手を握る。そのせいでペーターさんの体が小刻みに震えるので間に入ってそっと二人の手を離した。お母様は特に気にすることもなく御者たちにも労いの言葉をかけるが、その御者たちも直立不動で赤くなっている。町の人たちもお母様を芸能人を見るように見つめ、口を開けて目で追っている。


「……ねぇヒイラギ。お母様はいつか何もせずに人を殺してしまいそうだわ……」


「あぁ……気付いてしまった? 私たちは慣れてしまっているけれど、あの危なっかしさがというかなんというか……知らない人にとっては危険なんだよね……モクレンの気持ちが少し分かる……」


 お母様は自由奔放に振るまい、売り物として持ってきているオーレンジンを御者たちに配っている。たくさんあるので構わないのだが、売り物ということは頭から抜けてしまっているようだ。御者たちは必死に断っているのだが一人一人のその手を握りオーレンジンを無理やり掴ませる。その姿を見ているとナズナさんが話しかけてきた。


「あぁ、またやっちゃってる……。レンゲは本人が気付かないうちに男性を虜にしちゃうんだよね……これもモクレンに内緒にしなきゃ……。ヤキモチを妬いて暴れ回ったらベンジャミン様も止めるのが大変なんだよね……」


 眉尻を下げ苦笑いでナズナさんはそう言う。どうやら私の母親は天然魔性系美女のようだ。そして父親は破壊神らしい。私たちは複雑な思いでお母様がオーレンジンを配り終えるのを待ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る