第121話 カレンの冒険〜未踏の地〜

「姫様、大丈夫ですか?」


 下から声をかけられハッと我にかえる。


「うん、大丈夫よ。上に上がるわ」


 そう言って私は這い上がる。続いてイチビも上がって来た。そのイチビは周りを見て口を開いた。


「……これは……」


 分かってはいたのだ。どこまでも続く赤い岩石の斜面ばかりが見え、向こう岸から木らしきものが見えない時点でこうだろうということは。


「向こうと一緒ね……」


 ここもまた赤い砂と岩だけの砂漠だった。振り返って王国側を見ると、普段は気付かないがやはり砂が舞っているのか霞がかり森のある場所まで見通すことが出来ない。なんとなく緑が見えるといった程度だ。川の上流は霞なのか霧なのか分からないが白いモヤに包まれ見えない。下流は王国側に曲がっているようだ。視線を元に戻して周囲を伺うと数十メートル先はまた一段高くなっている。


「少し進んでみましょうか」


 イチビに服を着るように促し、少し慎重に歩を進める。腰紐を借りたままなのでイチビは服の裾を結んではためかないようにしている。最近はクローバーの絨毯の上を歩くのに慣れてしまい、ここまで砂しかない場所を歩くのが久しぶりだと感じる程だ。近付くまでは砂の斜面かと思ったが、私たちが登って来たような岩の斜面に突き当たった。その斜面をくまなく見ているとやはり水が滲んでいるように見える。一度タッケの入った麻袋を降ろし、中に入れていたシャベルを取り出して砂の地面を掘ってみた。表面は乾いているが、掘り進めると湿り気のある砂に変わる。


「やっぱり水があるわ。この上から少しずつ流れているんだと思う。イチビなら助走をつけたら登れるんじゃないかしら?」


「可能だと思います。まず私が先に上に行き安全を確認いたします」


 そして斜面から少し離れ助走をつけたイチビは、見事に斜面の上に登ることができた。だがイチビはそのまま動かず、何か危険があるのかと心配になる。


「イチビ?大丈夫?」


「……デーツが」


 え?と返答すると「姫も早く!」と笑顔で片手を差し出した。シャベルを麻袋に戻し、口紐をタッケに絡みつけるようにして縛り、それを下からイチビに渡す。イチビはそれを引き上げ、そしてまた手を差し出した。私も斜面から離れ助走をつけてイチビの手を目指して駆け上がる。手を掴むと上から引き上げてくれたので難なく上に登れた。


「……うそ!」


 視界は広がり目に入ったものに驚いた。風が強く、目に砂が入るのを防ぎながらもう一度前を向く。まばらではあるが、王国を象徴するデーツの木がまばらに生えている。他にも見慣れない木がぽつりぽつりと生えている。


「……ヒーズル王国に来た時を思い出します」


 イチビはそう呟く。そういえばまばらに生えていた木を切り倒したと前に聞いたことを思い出した。


「でもああいうのはなかったです」


 そしてイチビの指さす方向を見て私は叫んでしまった。


「まさか!……イチビ、先にタッケを植えてしまいましょう!私もあそこに行きたいわ!」


 この場にタッケを植えてしまうと、せっかく生えているデーツなども駆逐してしまいそうな気がして元の一段低い場所に戻る。ここならばそれなりの広さもある上に水分も確保出来る。もし定着しなければクジャに頼んで分けてもらうことにしよう。

 川の上流側である北に背の高いタッケを、南側に種類の違う背の低いタッケを植えていく。かなり適当な植樹となったが、元々がとてつもない生命力があるのできっと大丈夫であろう。


「さぁ探検よ!」


 また上に戻った私たちは植えたタッケを目印に、あまり遠くまで行かないことにして進む。真っ直ぐに西に直進しそこに生えているデーツの木を目指す。脇芽から増えたのか種から発芽したのかは砂に根元が埋まっていて分からないが、数本がまとまって生えている。

 さらにそこから北東に数メートル進むと見慣れない木が数本生えている。かなり背の高い木だが、風のせいか乾燥のせいかその幹は割れている。一部は剥がれ風に揺れているが、その幹の一部を手にして目を丸くした。


「これ……コルクだ……」


 イチビは聞き慣れないのか首を傾げている。色々なものに使えると説明すると驚きながら微笑んでくれた。そのすぐ近くには黄色い花を咲かせる木があり、そちらに移動する。花を見る限りアカシアだろう。日本でアカシアと呼ばれる甘い香りのする白い藤の花のようなものは、ニセアカシアという名前で正確にはアカシアではない。風が止んだ瞬間にふんわりと香るアカシアの花の匂いに包まれ、二人でプチお花見を堪能する。

 そして気が済んだ私たちは目的地へと進む。その途中にあった木はイチビも私も分からず、なんだろうと話しながら進む。

 そしてついに私たちはそこに到着した。


「オアシスー!」


 透明な水をたくさん湛えたオアシスの周りにはヤシの木が生え、他にも緑がたくさんある。オアシスに向かって走り出そうとしたが思いとどまる。


「……イチビ、水があるということは危険もあるかもしれないわ。大きな動物の姿は見当たらないけれど、危険な生物がいるかもしれないわ。何も持ってきていないし今日はこのまま帰りましょう」


 イチビは名残惜しそうにオアシスを見つめているが、もし毒を持った蜘蛛がいたら?サソリがいたら?と考えると恐ろしくなってしまう。


「またいつか装備を整えて来ましょう」


 そして私たちはオアシスに立ち寄らず、少し離れた場所から見ただけで一度戻ることにした。

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