第110話 姫たちのお散歩
自分でも薄々、いやハッキリと分かってはいたが、王族が畑仕事をしてるなんて考えられないらしくクジャやニコライさんは驚きすぎていた。畑仕事くらいでこんなに驚くなら、土を捏ねてレンガを作った話やモールタールを使った左官工事の話なんてしたら失神してしまうんじゃないかと思ってしまった。
そうしてワイワイと騒いでいるうちにお代わりをしたスネック料理が運ばれて来て、新しいワインで作られたスネックの蒸し焼きは絶品だった。
「そうじゃペーター殿」
すっかりスネックに抵抗がなくなり、むしろ満足そうに堪能しまくったクジャは食後にペーターさんに話しかけた。
「うん?」
「この町を見て回っても良いだろうか?」
「構わんが見て回るほど広くもないぞ」
ペーターさんは笑ってそう返答するが、クジャは満足げに微笑み外に出る気満々だ。その間にじいや、モズさん、マークさんの三人は食堂内のカウンター付近に集まり「私が」「いや、私が」と支払いで揉めている。三人のそつのない動きには驚いた。揉めてはいるけれど。
────
「のどかで良い町だな」
食堂を出てからキョロキョロしっぱなしのクジャは楽しそうに言葉を発する。そんなクジャを見ているこちらも楽しくなっていると、離れた場所から声をかけられる。
「おぉ〜い!カレンちゃん!」
声の主はブルーノさんだ。ブルーノさんは町の入り口にはついて来ずに家に留まっていた。お互いに前進し、程よい距離感のところでペーターさんがクジャを紹介する。
「ブルーノよ、こちらはリーンウン国の姫だ」
「クジャクと申す」
クジャはそれはもう惚れ惚れするほどの美しい笑顔でブルーノさんに握手を求める。握手をしたブルーノさんは呆けたようにクジャを見ているが、ようやく声を振り絞ったセリフに笑ってしまった。
「……こんなにも美しい御方に失礼を働くなんて、シャイアーク王は本当にどうしようもないしどうにかしている……」
ペーターさんまで「違いない」と笑っていたが、クジャが口を開く。
「『美しい御方』という部分以外は同意する。真の美しさとはカレンのように見た目だけではなく中身が伴っている者のことだ」
そう言い切ったクジャは私と視線を合わせて微笑む。
「もう、クジャったら。私はいつも土だらけの泥だらけよ?美しくなんかないわ」
「ふぅ……ニコライの気持ちが分かるとはな」
クジャに反論するが、そのクジャは私の言うことなど聞かずどこか遠くを見て呟いている。
「どうやら……すっかり仲良くなったようだな」
ブルーノさんは私とクジャのやり取りを見てニコニコと笑っている。さっきまで緊迫した話をしていたのに、いざ会ってみると友人になるなんて私も思っていなかった。そのクジャはブルーノさんの持っている物を見ている。
「その短い縄の束をどうするのじゃ?」
ブルーノさんは跳び縄を持っていた。使い道が分からないクジャは普通に疑問に思ったようだ。
「あぁ、これは娯楽の道具だよ」
「娯楽?娯楽とは茶を飲み語り合うことではないのか?」
娯楽と聞いて、クジャも今まで出会った人たちと同じ反応をする。リーンウン国でも語り合うことしか娯楽がないらしい。
「ほら、あぁやって遊ぶんだよ」
ブルーノさんが指さす方を見ると、子どもたち数人が縄跳びをしている。子どもたちはすっかり上手になり、いろんな技を繰り出している。
「……なんと素晴らしい町だ……こんなものは見たことがない……」
クジャが子どもたちを見てそう呟くと、ブルーノさんとペーターさんは「カレンちゃんが作ってくれた」と言ってしまった。さらには他にも娯楽の道具があると言ってしまったのでクジャが食いついてくる。
「カレンよ、そなた天才か?娯楽の為の品を作るなど……子どもたちの将来が楽しみだな」
と言っているそばから、仕事が終わった人や時間の余った主婦が独楽や竹馬で遊んだり、空いている場所に樽を持って来て即席のテーブルと椅子にしてリバーシをやり始める。
「あれも全部カレンちゃんが考えた娯楽の品だよ」
「は!?カレンよ!そなたの頭脳はどうなっておる!?」
私が一から開発したわけではないので、「たまたまよ」と笑って誤魔化す。そして自由奔放なクジャはリバーシをやっている人のところまで走り、「わらわに構わず続けるのじゃ」と無理難題を言っている。ペーターさんが「リーンウン国の姫だ」と言うとますます萎縮してしまい、町の人はリバーシどころではない。なのでその場所とリバーシを借り、イチビとシャガに対戦させることにした。
「ほほぅ……難しくはないが奥が深いのだな……」
クジャはリバーシを見てそう呟いている。かなり気に入ったようだ。するとあの人がまたうっかり発言をする。
「私は特注品を買い占めましたよ。帰ってからが楽しみです」
ニコニコと微笑んでいるニコライさんをクジャは睨みつけている。
「……ニコライよ。買い占めたということは、複数所持しておるのだな?」
「え?えぇ。この世界に十個しかない限定品ですよ!厳重に馬車に保管しているんです」
この先の展開が予想出来る私たちは生暖かく見守ることにした。
「限定品じゃと!?ニコライのくせに生意気じゃ!一つ寄越すが良い!」
「駄目です!絶対に駄目!無理です無理!」
ギャーギャーと騒ぐ二人にブルーノさんは近付き、リバーシを指さしてクジャに話しかける。
「これと同じ物なら作ることは可能だよ。欲しいのならすぐに作るが?」
そう言われたクジャはしばし考える。
「……では悪いが一つ作ってもらえぬか?だがわらわはニコライのように特注品が欲しいのじゃ!カレンよ、忙しいのは承知で無理を言うが、わらわにも作ってくれぬか!?」
「分かったわ。次に会った時に渡せるようにするわね」
そう言うとクジャはようやく落ち着いたようだった。ブルーノさんが自宅へ向かうとイチビたちも手伝うと着いていき、クジャはニコライさんに「お前の物は諦めてやるが後で見せろ」と脅していた。
もしかしたら世界中でリバーシが流行するかもしれないわね。
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