第103話 理容師カレン

 翌朝、またしても暇を持て余した私たちは町の中をぶらぶらと歩く。今朝も開催されている投げ独楽賭博は参加者が増えており、そしてなぜかペーターさんが竹馬に乗りながら行ったり来たりを繰り返している。竹馬を乗りこなしているペーターさんに驚いたが、いくら高さの無い竹馬とは言えかなりのご高齢なので心配で声をかける。


「ペーターさん、大丈夫?」


「おぉ。おはよう。これは良いな。高さが得られるから見渡せる」


 どうやら不正行為の監視をしているようだった。近くを見てみるとここに来た人たちも何人かが竹馬に乗ってきたらしく一箇所にまとめられている。柄の部分にはそれぞれ名前を彫ってあり、置き忘れや間違い防止にもなりそうだ。


 今日は賭博に参加せず観覧だけにし、ペーターさんが転んで怪我などしないように私たちはペーターさんの周りを固めた。農作業やそれぞれの仕事の始まる時間になると解散となり、またしても手持ち無沙汰になってしまう。なんとなく近くのベンチに座り、会話もなくボーッとしながら町の人たちを眺めていた。


「……そういえば、ヒーズル王国の男性ってみんな髪が長いけれど伝統か何かなの?」


 ボーッと町の人を見ながら話すとオヒシバが口を開いた。


「いえ、昔は短かったですよ。森からヒーズル王国に移り住み、そのうち髪型に構う余裕もなくなりそのまま伸ばし放題になり……今に至っています」


「そうなの!?」


 オヒシバの話に驚き向き直る。チラリと横目でじいやを見れば、こちらの話など聞こえていないかのようにさっきまでの私のようにボーッと行き交う町の人を見ている。じいやは森にいる時からツルツルだったのだろう。あえてじいやには触れずオヒシバたち四人と話す。


「今なら道具も買えるし切ろうと思わないの?」


「……慣れてしまいましたね」


 少し考えシャガはそう答えた。


「……ニコライさんが戻って来る気配もないし、切りましょうよ。私が切るわよ?」


 そう言えば「姫様が!?」と全員に驚かれる。貧乏だった美樹の家では散髪代の節約の為に、お母さんと美樹は髪を伸ばし毛先をたまに切り揃えるくらいで、お父さんと弟の髪型はお母さんか美樹が切っていた。もちろんプロの理容師や美容師のようにはいかないが、年がら年中こまめに散髪をしていると技術は上がっていくもので、美樹の弟が高校に入学してからは一緒に女子受けする髪型を考えたりしたものである。事実、弟は「どこで切ってるの?」とよく聞かれていたようで「内緒」と答えていたようだけれど。


「ブルーノさんの家にハサミを借りに戻りましょう」


 私はルンルンと、イチビたちはウキウキと、じいやは心ここにあらずといった様子でみんなでブルーノさんの家へと戻った。


 ハサミとコームを借りて裏庭へと移動する。じいやはブルーノさんたちの作業の手伝いをすると工房へと言ってしまった。まずは丸太を椅子代わりにイチビを座らせる。イチビは気の良いお兄ちゃんといった感じなので意外性を持たせることにする。バリカンがないので骨が折れそうだが、お互いに久しぶりに散髪をするのが楽しみである。

 イチビはツーブロックにして長い髪を結んで貰おうと思う。俗に言うマンバンだ。だがそこで問題が、いや始める前から分かってはいたのだが、お風呂に入る習慣のないこの世界では髪や頭も濡らした布で拭くだけなので、天然ワックスと言っても過言では無いほど脂でべっとりなのである。とは言え今の自分もそうであり、美樹の家もまたガスが止められることがしばしばあり、なけなしのお金で買った水のいらないシャンプーは大変重宝したものである。

 まず髪の残す部分を決めそれを頭のてっぺんで一度お団子にし、刈り上げる部分は豪快にザクザクと切ってしまう。ツーブロックを知らないみんなからは悲鳴のような声が漏れたが、私は構わずにハサミを動かし続ける。コームを使った限界まで短く刈り上げ、てっぺんのお団子を解いて適当な長さに切りまた結んだ。


「完璧ね!」


 有名な漫画『宇○兄弟』の『紫○世』のような髪型になったイチビを見て、他の三人は「……格好いい……」と呟いている。


 次はシャガの番だ。ハッキリ言ってシャガはイケメンである。シャープな輪郭に鋭い目つきで、ここが日本であれば女の子たちがキャーキャー言うのは間違いない。そんなシャガにはアシメヘアーになってもらおうと思う。片方は目にかからないくらいの長さ、もう片方はイチビのように刈り上げると、まるでモデルのようになり思わず私がニヤついてしまう。そんなシャガを見た三人は「斬新だが似合う!」と褒めている。


 そしてハマスゲの番だ。あの筋肉質な体を見てしまったからにはこの髪型にしてもらいたい。自分の番が終わったイチビとシャガも、次はどんな髪型になるのかとウキウキとしながら見ている。


「……良いわ……良いわよ!」


 自分で切っておきながら、ハマスゲのトップもサイドも短くなりすぎないソフモヒ姿を褒めつつあの筋肉質な体の記憶を重ね合わせる。もうハマスゲは立派なアスリートにしか見えなくなってしまう。三人も拍手を送っている。


 そして事件はオヒシバに起こった。たまにロリコンっぽい発言をするなど中身は濃いが、見た目の特徴が無いのが特徴なのがオヒシバだ。困った私は短いソフモヒにしようとしていた。サイドを短く刈り込み、あとはトップを……というところで脂ぎった手が滑り、ハサミを動かしたタイミングでコームを落としてしまったのだ。

 本来なら残すべき頭頂部の毛をジャキンと切ってしまい、動揺を隠し平静を装ってそのまま切り進めた結果がコレだ。


「姫様、頭が軽くなりました!」


 本人は喜んではくれているし、きっとこの髪型もこの世界にはないのであろう。みんなも「とても似合っている!」と褒め称えているが……オヒシバ、ごめんなさい……見事な角刈りにしてしまって……。とても強そうな柔道家のようよ……。

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