第98話 カレンの冒険〜湿地〜

 ジョーイさんと取引が決まったが、いつまでもここにお邪魔しているわけにもいかず店を出てぶらぶらと散策を続ける。前回リーモンの木をくれたエルザさんのお店に寄ってお礼を言ったり立ち話をしても時間は有り余り、気付けば町の入り口に私たちはいた。


「どうしたんだ?」


 賭け事が終わってからここにずっと座っていたと思われるペーターさんが、ボーッと立っている私たちに声をかけてきた。


「……あぁ、ペーターさん。ニコライさんはまだ来ないのかしら?……私たちは常に王国で何かをしているから暇で……」


 正直にそう言うと、ペーターさんは私たちとは逆に目を輝かせる。


「では湿地に土でも集めに行くか?」


「湿地!?そうね、そうしましょう!王国の畑も増えて来ているし必要だわ!何よりも楽しそうだわ!」


 いつも私たちの為にこの町の人たちは湿地の土を集めてくれている。前回私たちが来てからほとんど雨が降らず干上がってしまっていたらしいが、今回私たちが到着する数日前に雨が降り湿地が元に戻ったと言うのだ。干上がった部分と普通の土の境目が分からずまだ土を集めていなかったそうで、せっかくだから一緒に行こうとペーターさんは誘ってくれたのだ。


 この町からそんなに離れていないし、ほぼ危険が無いと言うので私たちとペーターさんだけで行く。荷車を用意し、いくつかの樽をジョーイさんから購入してスコップはペーターさんが貸してくれた。

 ニコライさんと出会ったガイターの出た森を横目に通り過ぎるとやがて畑が見えてくる。畑の横に広がる森ではベーアに出会った。どちらもじいやが倒し、あの時のじいやは本当に格好良かったななんて思いつつ、あの時のことの思い出話をしながら歩く。


「あの時は本当に怖かったわよね、ペーターさん」


「ついに棺桶に入る日が来たかと覚悟したが、あの時のベンジャミン殿はまるで英雄のようで、私の心を少年に戻してくれたよ」


 私とペーターさんはイチビたちにあの日の出来事を熱弁し、イチビたちもまた稀代の森の民の逸話を私たちに聞かせてくれ、じいやは「あの頃は若かったですからな……」などと終始照れていた。

 話をしながら左右に畑が広がる街道を歩き、小さな坂を登ると景色が変わった。木々はまばらになり、地面に生える草もよく見かけるものから湿地帯特有の植物になり、奥へ行くほど背の高いガマやヨシのような植生へと変わっている。


「あまり奥に進むと沼になっているから近寄らないように。背の低い植物の辺りで土を取るように」


 学校行事の引率の先生のようにペーターさんは注意事項を話してくれるが、私たちは王国にはない湿地帯に私たちははしゃいでしまう。野山にはあまり生えていない植物に私たちは興味津々で、土よりも植物を見るほうが盛り上がる。

 毎回同じ場所で土を掘っていたらしく、その部分だけ凹みが出来ていたり植物が生えていなかったので少し移動をするとまばらに生えている木にじいやたちは釘付けになっている。私にとっては何のこともない見慣れた木だが、じいやが口を開いた。


「ペーターさん、あの木はなんですかな?」


 じいやが指さす木を確認したペーターさんはそれに答える。


「あれはヤンナギの一種だ。水辺を好む」


 それを聞いたじいやたちは驚いている。


「あれもヤンナギなのですか!?確かに種類はたくさんありますが、水辺を好むヤンナギは初めて見ました」


 そうなのだ。じいやたちが見たことのなかったこの『ヤンナギ』は、日本ではお馴染みの『枝垂れ柳』に酷似していた。


「あれが雄の木であれが雌の木だ。森には川がなかったのか?確かに森ではあまり見かけないな」


 驚いているじいやたちに混ざり私も驚いた。まさか枝垂れ柳に雄と雌があったなんて知らなかった。


「じいや、この木が欲しいわ」


 そう言うとペーターさんは素敵な知恵を授けてくれた。


「挿し木で簡単に増えるぞ?まずは土を樽に詰めて、それに枝を挿して帰ったらどうだ?」


 私たちその提案を聞き、顔を見合わせ大きく頷いた。


「そうね!まずは土を集めましょう!」


 私の号令にみんながスコップを持ち土を掘り起こす。近距離で土を掘っているので一箇所に盛り土をし、それをじいやが樽に詰める。ペーターさんまで土を掘り起こすのを手伝ってくれ大変助かった。

 ある程度作業を終え今度はみんなでじいやの手伝いをする為に樽に土を入れるが、私は身長が低く上手くいかなくてみんなの間に笑いが起こる。


「ふぅ……このくらいでいいかしら?じゃあ枝を少しばかりいただきましょう」


 容易に増えるとのことなので、雄木も雌木も関係なく枝を切ることにした。枝垂れ柳のように枝が垂れ下がっているので切るのは容易い。私とじいやとペーターさん、イチビとオヒシバ、シャガとハマスゲの三チームに分かれ、刃物を手に近くの木に向かったのだった。

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