第86話 ニコライさんとの再会

 私たちの座っている席の隣にカーラさんが座ったが、そちらも団体席である。大きな席にポツンと座っているが、カーラさんも気にしていないし店の人も気にしていない。ならばこちらも気にしないようにしようと思い、カーラさんを交えて談笑をしていると入り口が騒がしくなった。どうやらニコライさんが到着したようだ。

 入り口に注目すると、慌てて走ってきた様子が伺えるニコライさんはキョロキョロと店内を見回している。そして私たちを見つけると、いや、私と目が合うと安定のうるさい人となる。


「あぁ愛しのカレン嬢!君に会いたくて眠れぬ夜を過ごしたよ!君を抱いて眠りたい!」


 ニコライさんは片手を胸に、もう片手は広げクルクルと踊るようにこちらへとやって来た。タンッと私たちのテーブルの前で歩みを止め私に手を差し出す。

 無表情でその手を見つめると周囲でガタガタと椅子の動く音がし、顔を上げて音の出どころを確認すると私以外の全員が立ち上がりニコライさんを睨みつけている。


「「「「「今、なんと?」」」」」


 こめかみに青筋をたて、全員揃って怒気を含んだ物言いをする。オヒシバに至っては「表に出ろ」とまで言っている。私は慌ててみんなに落ち着くように言い、渋々ながら着席してもらうことに成功した。ニコライさんはその場で涙目でガタガタと震え、カーラさんは一部始終を見て大声で笑っている。なんともカオスな状況に溜め息を吐き、そして口を開いた。


「……お久しぶりですニコライさん。さっきの言葉は聞かなかったことにしますので、とりあえず座って下さい」


「すみませんでした……」


 蚊の鳴くような声で謝罪したニコライさんは涙目で青ざめた表情でぎこちなく着席した。じいやたちの圧が凄まじいので、ニコライさん側から話すのは難しそうだと判断しこちらから会話を始めた。


「まずこちらを見てください。国境が完成したらこのような野菜などをお渡しすることが出来ます」


 シャガが足元に置いていた木箱をテーブルの上に載せ、ニコライさんを一睨みしたあとに蓋を開けた。中には保存が効く野菜や果実を少し早めに収穫して入れたので食べ頃ではあるが、トウモロコーンだけは収穫した瞬間から鮮度が落ちるので、王国にいる時よりは味が落ちていることだろう。


「ちょっとカレンちゃん、どうやったらこんなに立派なものが出来るのさ!?」


 意外なことに言葉を発したのは隣の席に座っていたカーラさんだった。立ち上がり目を見開き野菜たちを凝視している。


「全部この町で買った苗や種を植えたのよ。カーラさんも食べてみる?」


 一番劣化が早いトウモロコーンを手に取ると、じいやが腰に着けているナイフで小さくぶつ切りにしてくれた。ニコライさんとカーラさんに切り分けたものを手渡し、細かくしたので私たちの分もあるのでかじってみる。やはり普段よりも甘さと瑞々しさを感じない。じいやたちも同じような感想らしく、表情はパッとしない。


「ちょっとちょっと……いくら生で食べられる品種だからって、本当に生で食べるのかい?まさかいつも?」


 私たちの表情を見たカーラさんは少し呆れたような声で話す。この町では生で食べることがないようだ。それでも恐る恐るといった感じでカーラさんもニコライさんも口に運ぶ。咀嚼し、数秒をおいたあとに二人は叫んだ。


「なんですかこれはー!!」

「甘い!何なのこの甘さは!」


 え?と思い二人を交互に見ると、ハムスターがエサを食べる時のように夢中で食べている。


「あの……トウモロコーンは収穫するとすぐに味が落ちるから、私たちはいつもより美味しくないと思ってたんだけど……」


 私の言葉を聞いたカーラさんはカッとこちらに向き直る。


「あたしゃ何年何十年とこれを食べてきたよ。こんなに粒が揃ってこんなに甘いなんて初めての経験だよ!」


「私もです!特に私の国では農家をやる者がほとんどいないので、農業の技術が衰退していますのでこのような品質のものは滅多にお目にかかれませんよ!」


 二人の言葉に逆に驚いた。長年農業をやっているリトールの町のものよりも品質が良いというのは、やはりあの土地の不思議な力のおかげなのかエビネたちの手入れのおかげなのか。


「ニコライ様、例の毛皮は納品完了いたしました。外でお待ちしていたのですが……」

「マーク!これを食べてみてくれ!」


 いつの間にか執事のマークさんが近くに来ていて、話している最中なのにニコライさんはそれを遮り木箱からトウモロコーンを取り出す。見かねたじいやがまたナイフで細かく切り分ける。ニコライさんはマークさんにそれを手渡すが、ちゃっかりニコライさんもカーラさんまでも手にし、そして食べ始める。


「……これは!?」


 やはりマークさんも味に驚いたようで、手中にあるトウモロコーンをまじまじと見ている。


「さっきニコライさんにも伝えたけど、国境が出来たらいくらでもお渡しすることが可能よ」


 マークさんは驚き、ニコライさんは喜ぶ。それから他のものも試食しようと、その場で食べられるものの試食会が始まった。何を食べても「美味い!」と騒ぐが、便乗して試食会に参加しているカーラさんも言うくらいだから相当味は良いようだ。

 もしかして……高値で売れるかしら?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る