第36話 内緒話

 食事を終えるとお父様は動ける者を集めた。


「だいぶ動ける者が増えたな。みんな、作業を頼めるか?」


 お父様が聞くと「もちろんです!」とか「やります!」という声が上がる。そして作業を分担するようにお父様は人選をする。こういうところは本当に格好いいと思って見とれていると、お母様もお父様に見とれている。私の視線に気付くとお母様は真っ赤になり、まるで恋する乙女のようだ。

 作業は水汲み、石切り、水やり、新たな畑作りと分かれそれぞれが作業を開始した。特に畑作りは力を入れ、さらに南側に拡大しようと今日収穫したトウモロコーンの皮などを使ってすき込みをする。その作業は大人たちが張り切ってやり始めたので、私は革袋に入った水をいくつか持ってナーの様子を見に行く。


 ナーの花たちも種がこぼれたものが発芽し、順調に増えていっているようだ。私は簡単に水を撒くとそこに座り込み、ぼーっとナーの花を見ていた。


「カレン」


 声をかけられ振り向くとスイレンがこちらに向かって歩いて来ていた。


「これも増えたね。少し臭うけどお父様たちがそこまで嫌がるほどじゃないよね?」


「本当にそうよね。すぐに鼻が慣れるのに」


 私が笑うとスイレンはすぐ横に座り込む。


「で、カレン。僕にはあの石のことを言ってもいいんじゃない?」


 さすがは双子。考えていることがバレてしまう。


「そうね……。あの黒い石は石炭と言って燃える石なのよ。木を燃やすよりももっと高い温度で燃えるわ。熱が必要な作業には欠かせないわね。でも燃えやすいせいでまとめて置いておくと自然と発火したりしてしまうの。石炭を掘り出す場所を『炭鉱』と言うのだけど、炭鉱火災も怖くて……」


「そっか……燃えちゃったら何も残らないしね……もしここまで燃えたらって思って怖いんだね?」


「うん……。あとね灰色の石があったでしょ?あれは多分『石灰石』と呼ばれる物ね……。もしそうならセーメントが作れて石の管の設置にも多いに役立つんだけど……」


 スイレンは顔をパッと輝かせる。


「じゃあすぐに作ろう!」


「それがね、危ないのよ。石灰石と石炭を炉に入れて何日も燃やし続けて……炉の作り方は分かるわ。でもそんな作業大変でしょ?それにその燃やした石灰石に水を加えるとセーメントが出来るのだけれど……化学反応が起こって熱を発するの。化学反応についてはまた後でね。そして熱を発しながら粉になる物がセーメントなんだけど、皮膚に付くと爛れるし目に入ると失明したりするの」


「え!?かなり危険な物なんだね!?」


 私が言いたいことが分かったのかスイレンは続ける。


「生活に便利な物だけど、カレンは民を危険な目にあわせたくないんだね?」


「そうなのよ……。私は森での生活と違う生活をしてもらうとは言ったけど、ようやく動けるようになった民を危険に晒したくないの。畑仕事なら危険も少ないし女性でも出来るわ。でも危険と隣り合わせの仕事はさせたくないのよ。だけど石炭があれば金属も作れるし、ガラスだって作れる。ブルーノさんの家にあった透明な食器とかね」


 そう言うとガラスコップを思い出したようで「あぁ!」とスイレンは声を漏らす。


「いっぱい悩んじゃって途方に暮れてるの。私だけが危険な作業をする訳にはいかないでしょうし……。輸出と言って他の国に売ることが出来ればいいけど、シャイアーク国とはあまり関わりたくないし……」


「……僕たちだけで考えるには難しいね。お父様なら危険な作業をすると言いそうだけど、僕はカレンの意見に賛成だな。もう少しこの国が落ち着くまで様子をみよう。もちろん誰にも言わないよ」


 スイレンはニッコリと微笑んで私の頭を撫でてくれる。一人で抱えきれないものを共有してくれるスイレンが居てくれて良かった。少しだけホッとしたのも束の間。


「カレーン!スイレーン!」


 大声で名前を呼ばれ私たちが振り向くと、お母様がこちらに向かって歩いてくる。その後ろにはハコベさんとナズナさんもいる。


「何をしているの?」


「……なんで大人たちはナーを嫌がるんだろうねって話してたの!」


 お母様にそう答えると、大人の女性三人ははしゃぐ。


「ナーなんて久しぶりよね」


「この臭さすら懐かしいわ!」


「鼻さえ慣れれば気にならないわよね」


 ナーの花に触れキャッキャと騒ぐお母様たちを見て疑問を口にする。


「もしかして三人は友だちなの?」


「私たちは同じ村出身の幼なじみなのよ。さっきは他の者がいたから『様』を付けて呼ばれたけれど」


 笑顔で振り向くお母様たちに興味がわいてしまう。


「ねぇねぇお母様!お父様との馴れ初めを教えて!」


「あ!僕も知りたい!」


 お母様は「えー」と顔を真っ赤にするがまんざらではない様子で「どうしましょう」と言っている。ハコベさんとナズナさんは「別にいいでしょう」とお母様を煽っている。そしてナーの花たちの前で私たちは恋バナで盛り上がる。

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