第25話 さよならリトールの町
昨日跳び縄を売り終えブルーノさんのお宅に戻るとスイレンは勉強を終えていた。測量に必要な計算を覚え、尺図の書き方や設計図の書き方まで完全に覚えたそうだ。この町に初めて来た時に聞いた「小さな天才」はまさにスイレンのことだった。そんなスイレンは絶賛ご機嫌ナナメだ。縄跳びをしようとしても上手く跳べない、所謂運動音痴だったのだ。
「僕、数字があればいいもん」
なんて恐ろしいことを口にする。そんなスイレンにブルーノさんはお土産だと何枚もの小さな黒板とチョークンことチョークと測量に必要な道具を全て持たせてくれた。私たちが何を言っても「余っている物だから」と譲らない。なのでありがたくそれを受け取り荷車に載せる時に気が付いた。
私たちは荷車一台で来たのに、借りたままだったもう一台の荷車にもたくさん荷物が載っている。一度ペーターさんのところへ走り、荷車を買うと言っても持って行きなさいとこちらも譲らない。根負けしてその荷車もありがたくいただくことにした。
ブルーノさんに泊めていただいたお礼を言い、私たちはカーラさんのお店へと荷車ごと向かう。その間にも町の人たちに「帰っちゃうんだね」と寂しがられてしまう。
「おはようございますカーラさん。種と苗を見せてください」
「はぁ。なんだか寂しくなるねぇ……」
「そう言っていただけて嬉しいです。でも必要な物はまだまだありますから、必ずまた来ますよ?」
「今からその日が待ち遠しいよ」
そんなことを言いながら寂しそうに笑うカーラさん。種や苗を指さしながら「育つとこの実がなる」と売り物の野菜を示してくれるので、この世界の野菜の名前が分からない私にはありがたかった。とは言っても、微妙に名前が違うだけなので予想はしやすいんだけど。
今回はどう見てもトマトな「トゥメィトゥ」と、じゃがいもにしか見えない「ポゥティトゥ」、大豆と思われる「ディーズ」、そしてたくさんの種類がある麦っぽい「ムギン」の中で中程度の硬さの種を選び購入した。あとは残ったお金でありったけの干し肉と塩と、数日は保ちそうなオレンジのような物と保存が利きそうなクッキーのような物を買った。しばらくはこれで食いつなぐことが出来る。
カーラさんにもお別れを告げ、ジョーイさんのお店にも顔を出し、そして私たちは町の入り口へと向かった。
ペーターさんは今日は椅子ではなく樽に腰掛けている。そこには何人もの町の人が集まっていた。
「ペーターさん、お世話になりました」
「これは餞別だ。湿地の泥が欲しいと言っていたとブルーノに聞いてな。この樽に詰めてある。持って行きなさい」
すっかり忘れていたけど、確かに私が欲しかった物だ。きっと早朝から町の人が取りに行ってくれていたんだろう。心から感謝の言葉を口にした。
「私たちはシャイアークの国民だが、君たちの味方だ。あの王のことだ。君たちが生きていると知ったら何をするか分からない。だから私たちは絶対に口外しないよ。またいつでも来なさい」
そのペーターさんの言葉に私たちは泣いてしまう。本当に良い町だった。
「うん!まだまだ買いたい物があるからまた来るわ!みんなまたね!」
「お世話になりました」
私たちはお礼を言って町を出た。そして国境へと向かう。道中、じいやたちにいくらか木を倒してもらい、丸太や枯れ枝なども集めていく。荷車は二台とも山盛りになっていた。
「先生!」
国境が見えて来た辺りでジェイソンさんが飛び出して来た。
「もうお帰りですか!?」
「うむ。リトールの町で世話になっておった。良い町だ。ここからも近いし、何かあったら力になってやってくれ」
「はい!」
まだ国境に着いていないのにお別れムードが漂う。というかジェイソンさんはとにかくじいやと話したいのだろう。歩くスピードを落とし、ゆっくりと国境へ向かう間、ベーアを倒した話などで盛り上がる。そして国境に到着した。
「あぁ、名残惜しいです……次に会えるのはいつになるのか……」
「そんなに遠くないわよ?また必要な物を買いに来るし」
胸の前で手を組み空を見上げて呟くジェイソンさんに声をかけると「本当か!?」と高い高いされてしまった。こんな大男にされる高い高いはスリル満点すぎて怖かった。スイレンもねだってやってもらったが、スイレンは涙目で「おろして!」と叫んでいる。
「先生が来た時も言いましたが、私たちは国王に報告はしませんので!またいつでもお越しください!」
来た時と同じようにジェイソンさんを初めとする国境警備の人たちは敬礼をして私たちを見送ってくれた。
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