File.23 海目当ての誘拐(海獣ランド殺人事件)

Ep.1 ユニコーンの招待

 潮風が薫るのと同時にツンとした冷たい空気が肌をかすっていく。長袖を着て良かったと思うと同時に、僕は辺りの景色を眺めていた。

 つい一か月前程に完成した遊園地の景色。

 某夢の国と言える程、大きな訳ではないが。幼い頃に行った、横浜の遊園地を思い返す程のボリュームはある。海の方に出るジェットコースターやどの建物よりも高い観覧車、お化け屋敷、スピニングコースター、屋台などがある。

 しかも、そのどれもこれもに海にまつわる架空生物の姿があった。

 ジェットコースターは大きなウミヘビと言ってしまえば、元も子もないのだが。確か伝説の生き物の名は「リヴァイアサン」。それに基づいて、「リヴァイアサンコースター」と名付けられている、と手元にある園内案内図にも書いてあった。

 馬が回っているものも「ケルピー&ユニコーンゴーラウンド」と言うらしい。

 かといって、西洋の生き物だけではないらしい。

 他の遊園地にあるコーヒーカップはカッパの頭の皿に置き換えられているのだ。いわゆる「河童の皿」という何のひねりもないネーミングのアトラクションらしい。床には何だか不満そうなカッパの顔が描かれており、その上にいくつもある河童の皿に人間が乗っている形となっている。

 またまたお化け屋敷は幽霊海賊船がテーマになっているみたいで、どうやら神話上の怪物だけではないようだ。

 ところどころ、ネプチューン観覧車、ポセイドンシェフのレストランなど神々の名も使われている。こじつけな気もするが、気にするのは野暮なのかもしれない。

 遊園地の中を考えている僕にやっとのことで女性が声を掛けた。


「お待たせー!」


 可愛く、子供っぽい見た目ではありつつも、年上の女性らしい気品もある。そんな彼女は僕の恋人でも、友人でもない。かといって、今日知り合ったばかりの人でもない。


「武田警部補」


 その名を呼ぶと、彼女はにこっとする。そして、だ。


「いや、今日は非番でただの女の子なんだからさ、下の名前で呼んで! あやめちゃんでいいよ!」


 彼女のテンションについていけなくなった。別に彼女と僕は親しい間柄ではないのだ。と言うか、なってはいけないと思うのだ。

 僕にはもう、心に決めた人がいるのだから。どんなにときめいたとしても、揺るがない。


「で、武田警部補」

「えー、呼んでくれないのー?」

「……それはもっと大切な人に呼ばれてください」

「誰だろ……? って、まぁ、それより本題だよね。周りながら色々話してこー! ああ、男の子とデートできるのっていつぶりだろ?」


 警察が私用で探偵を連れ回し、遊園地まで連れてくる、か。僕が遊園地に来ているのは彼女の強い希望だった。

 僕が話したいことがあると言ったら、「じゃあここで話さない? カフェとかだと、つまんないでしょうし」と。別に面白い面白くないで場所を判断する気はないのだが。彼女の得になるのであれば、いいやと招待されてしまったのである。

 恋愛にはとんと純粋な、ユニコーンみたいな彼女の、想いにつられて。


「で、何処行きます?」


 少し混んでいるものの、人と人の隙間がないような状態ではない。今日は話題の映画が公開されることやゲームが発売するのに相まって、遊園地に来ている人は比較的少ないように思えた。

 彼女はある程度自由が存在する、この場所で最初にジェットコースターを指差した。


「あれに乗らない? あれ!」


 先程のリヴァイアサンコースター。青い装飾が施された大きなウミヘビに乗って、スリルを味わうらしい。ただ、水しぶきの上がる場所の近くを通ることから、濡れるのは確実だ。

 ただ、海がテーマの遊園地に来て濡れるのを怖がるのも変な話だ。

 ジェットコースターもそこまで苦手意識はない。


「いいですよ」


 と思っていたのだが。武田警部補がプレミアムパスを持っているために案外待ち時間もなく、乗れたそれはあまりにも急カーブ、急降下、九落下、うねりが大きく、僕の横腹が酷く刺激されることとなる。

 乗ったら、もう頭の中が飛び出す程に。考え事をしながら、乗るには向いていないようだ。


「楽しかったね!」

「いいですよ……なんて言わなければ、良かったかも……うう」

「だ、大丈夫!?」

「い、いえ、でもめっちゃ楽しかったです。スリルはありました……!」


 待ち時間もなく乗れてしまうから、大して話はできなかった。もう武田警部補は遊ぶばかりに目が行く。


「に、しても遊園地、よく来るんですか? パスもそうですし」

「ううん。いつか大切な人を連れて来ようと思って、いつでもプレミアムパスを買うようにしてたんだ」


 本当に、その大切な人に悪い気がする。

 罪悪感を頭に、時計を見てまだ九時に開園してから三十分程しか経っていないことに気が付いた。ただ時の流れは残酷。

 僕は次に話しやすい場所に誘う。


「あの、観覧車、行きません?」

「おお、大胆に行くねー!」


 本当は大事な幼馴染と来たかった。いや、来るために今、僕は動いているのだ。早速プレミアムパスを使用した僕達は並んだ列を無視して、進んでいく。

 係員の女性に案内され、僕達は開かれた球体に乗っていく。


「で、そろそろ話しましょう。この女の子について」


 僕は幼馴染である黒髪ロングの女の子の写真をスマートフォンで見せていく。彼女はそれをじろじろ見つめた後、こう語る。


「ああ……美伊子ちゃんね。事件現場では飛鳥くんと一緒に色々お世話になったなぁ」

「知ってたんですね」

「赤葉ちゃんから、ちょっと話は聞いてる。確か今は行方不明だったんだっけ……」

「はい。でも、何か警察の中で電話の声を聞いたって話があって……」

「ん? ってことは警察官の中にその子の行方に関係している人がいるってこと?」

「そうじゃないかって思うんです。どうでしょうかね?」


 彼女は首を静かに横に振る。


「……ごめん、分からないかな。あの子の明るい声だったら、目立つはずなんだけどね」

「残念です」

「でもでも、そう焦らないで。声が聞こえたってことはだいたい無事だよ。もしかしたら、何かの事件があってそのためにかくまっているのかもしれないし!」

「そうですかね……?」

「それよりも、ほら!」


 彼女は真実に辿り着けなかった僕に対して、外を見るように誘導した。そこから見えるのは遊園地の一望。だけではなく、外の大海原までもを映し出していた。奥には果てしない空。船なんかも途中にポツリポツリ見えていく。


「いいですね。こういうのを美伊子と見れたら、な」

「……あっ……」


 何だか彼女から変な声がした。少ししまったと後から気付く。幾らデートではないとは言え。二人で楽しんでいる最中に別の女性の名を出すのはマナー違反ではないか。


「あっ、いや、武田警部補とも楽しいんですよ……もちろん」

「そっか……それなら、良かったよ……」


 何だか寂しげな様子で外を眺める彼女に申し訳がなくなっていた。

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