Ep.1 降りしきる雨の中で過去を想う
「で、今の話をまとめると知影探偵の過去というのは、誘拐されたことがあるってことですか?」
墓参りで起きた殺人事件の後にした知影探偵との約束が今、果たされた。
久しぶりに見舞われた豪雨の中、一戸建ての喫茶店に呼び出された僕は彼女の話をひとしきり聞いた後にそう言った。カップに入れられたコーヒーを一口味わいつつ、彼女の答えを待つ。
彼女はショートケーキを一口頬張って、「甘ーい」と言っていることから返事が来るのは相当後になるだろうと覚悟。僕のそんな様子に気が付いたのか、彼女は急いでケーキを飲み込んで、喋っていく。
「ご、ごめんごめん! そうそうそう! この前の墓参りはその誘拐事件の被害者であり、ワタシの家庭教師の先生であった
墓石に刻まれていた名前もそうだったな、と思い出す。被害者のことを考えながら、十年前の誘拐殺人事件事件を振り返っていく。
彼女の話によると、事件当時知影探偵を含む小学生から大学生、中には大人まで誘拐されたとのこと。当時の自分は覚えていないが、相当騒ぎになっていたらしい。確定されている死者は神楽早苗さん一人だったらしいが、行方不明者はかなりいたとのこと。ほぼ、誘拐犯に殺されたと考えてよいだろう。
誘拐犯は殺すだけではなく、騒ぐ子供達に暴力を振るったとの話を聞く。目的が誘拐することによって多額の身代金を要求することだったようだから、滅茶苦茶質が悪い。金を得るために、自分が楽をするためだけに、簡単に人の命を奪っていいはずがない。十年前のことながら、僕は腹立ちを覚えていた。
「想像を超える惨い事件ですね……」
「そうなの。で、竜くんもその被害者の一人なのよ。ワタシが誘拐されていた場所とは違う場所に監禁されていたらしいけど、警察署で事情聴取とかしてる間に出会って、まぁ、こっちが興味本位で色々話してたら、少し仲良くなったって感じ」
そうか。そういうことか。
墓参りの際に起きた殺人事件で、彼は警察に知り合いがいると知った。何故探偵でもないのに警察に伝手があるのかと疑問に思っていたが、ようやく謎が解けた。誘拐事件で刑事と話し、連絡先を貰ったということなのだ。
あの誘拐事件を解決する、ために。
未だ悲惨な事件は解決していない。刑事が電話している場所から監禁場所を特定した時には時が遅く、誘拐された子供達を置いて犯人は逃げていた。子供達の証言によると犯人は着ぐるみ姿だったらしく、体格や身長も分からなかったよう。
また、犯人は逃げる時に行方不明者の死体も持ち出したと聞く。それは神楽早苗も同じ。あの墓にはまだ、彼女の遺体は眠っていない。
「本当に悲惨な事件ですね……今も尚」
知影探偵はそのことを教えてくれた後、神楽早苗について語り始めた。
「そうだよ……今も被害者や被害者の遺族は思いを引きずり続けてる。それにあの、神楽早苗先生……優しかったあの先生はみんなを助けようとしたんだと思う。みんなを助けようと抵抗して……犯人の怒りを買って、殺されたんだ。許せないよ。絶対に」
「知影探偵……」
彼女は一回肩を落して、それから何だか悲しそうな顔で笑っていた。
「と言っても、もう十年前だから。証拠も何も残ってないし。お詫びとかって名目で、こんな話に付き合わせちゃって、ごめんね。まっ、今回の会計はワタシが払っておくからさ。それで勘弁して」
「はい……」
話の中で、知影探偵が神楽早苗の遺体を目撃したという無情なものもあった。相当、彼女の心は傷付いたに違いない。そんな話をさせてしまったからには、謎を解いてあげるのが探偵。
そう言いたいところではあるけれど、残念ながら容疑者も判明していない事件についての解明は絶対に無理だ。そもそも、探偵ではないし。
今、僕がやることは今の話を受け入れて「そうですね」と告げ、彼女を慰めること位か。
「まぁ、やったことは返ってきます。その犯人も実は別のところで逮捕されて、獄中にいるかもしれませんし。ひょんなことから、自首されるかもですし。希望は捨てないでおきましょう」
「そうだね。まだ神楽早苗先生がひょこっと生き返ったりしてくれないかな」
「あ……それは」
希望を持たせるつもりで、彼女を変な期待をさせてしまったよう。幾ら何でも死体が蘇ることはない。残念だが、諦めてもらいたい。しかし、そこを何と言えばいいのか分からないのが困ったところ。
今はまだ時間が欲しい、とコーヒーを飲み干すもいい言葉が浮かんでこなかった。もう四、五日はいただきたい。取り敢えず、今日は彼女と別れさせてもらうことにした。
「では、すみませんでした。こっちの勝手な好奇心に付き合わせてしまって」
「いいのいいの。こっちもしたくて、したんだから。辛い過去もたまには、思い出さなくっちゃ、そして、乗り越えなくっちゃだから」
「知影探偵」
「ん?」
「無理はしないでくださいよ」
「分かってるって! ってか、どんな無理をすればいいのよ。今更、事件ファイルなんて調べようがないし、犯人のところに突っ込みようもないでしょ」
「あっ、そうですね……変なことを言って、重ね重ねすみません」
笑い合って、彼女と別れの挨拶をした。喫茶店を出て、傘を差してからも何度か振り返る。彼女はケーキをまだ食べていて、天井を見つめていた。
彼女には悪いが、僕の方は早く帰らなくてはならない。今晩の夕飯に使う材料もまだ買っていないし、学校の課題もある。高校生とは非常に忙しいものだ。
なんて呑気に考えていた時間がありました。
大切な先輩を亡くしたばかりの僕は不安なんて考えている暇もなくて、目の前にある危機感すら覚えている余裕がなかった。だから、今も胸の高鳴りは気のせいだと感じ続けていた。
それを無視して良いものではないと知りながらも。厄介事に巻き込まれたくない一心でただ突っ走って、気付かないふりをした。唸る雨音が傘に当たって、それが耳鳴りのせいだと決め付けた。
後の僕に残酷な悲劇が待っていようとも。思い出すのも心地が悪い。殺人事件が起きるということも知らずに。
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