Ep.12 探偵は汚すぎる

 起きて事件の話が僕の耳に入ったのは日が高く上る頃だった。死体発見から部長の疑いを晴らすことの何から何までがこちらの精神力を奪っていたのだろう。疲れのせいからか、尋常ではない長さの眠りについていたらしい。


「昨日、帰ってすぐ寝たってのに……もう昼か……」


 スマートフォンで時計を確かめ、とんでもない数の通知が来ていたことに気が付いていた。その全てが部長ではなく、知影探偵のものだった。

 もしや、何かあったのだろうか。

 急いで中を見ると、逼迫ひっぱくした状況について語られていた。口を抑えながら、内容を読んでいく。


「草津さんが……『倉庫の中で亡くなった』。なんだって……!? なんで!?」


 昼食のことも考えず、すぐさま着替えて外に飛び出した。バスに飛び乗り、僅かな時間の中で知影探偵が送ってくれたメールを確かめる。


『氷河くん。聞いた限りだと、プラムンさんが倉庫に用があるって部長の手紙で呼び出されて……それで、倉庫に滴ってる血に気付いて、草津さんの遺体を発見したんだって』


 これまでは今までの事件とあまり変わりがない内容だった。ただ、次の瞬間出てきた言葉に僕は自分の目を疑った。


『今度こそ、達也くんが……怪しいって……。前の事件とは完全に違う証拠があるんだって……』


 犯人が部長に罪を擦り付けたかったとして。昨日の状況で別府教授の殺害に対する疑いは晴れたはずだ。何故、また部長を冤罪の対象にするのかが分からない。

 その意味で訳が分からず、混乱した。

 そもそもの自分の推理が間違っていたのであろうか。部長が犯人ではないという推理が……。

 いや、しかし関係的にも不可思議だ。部長は草津さんに何の恨みもない。何かの証拠で疑われたから、ではないと思う。昨日、散々白百合探偵に脅されていたのだ。証拠隠滅目的で殺害するのなら、まず白百合探偵を狙うしかない。

 白百合探偵はもうとっくに行方不明になっているか。そんな考えはバスを降りた先にいた大学の入口で否定された。

 

「だから、言ってると思うけど。これは間違いなく達也くんの犯行ですよ。やっぱりわたしの目に狂いはなかったんです」

「達也を殺人鬼呼ばわりしないで! これ以上、侮辱しないで! もう、聞きたくないっ!」

「いや、事実を見抜いて教えるのが探偵です。探偵の推理を証拠もなしに馬鹿にしてきているのは、貴方達でしょう? 聞かずに目を背けるなんてこと、しないでください」


 そこには余裕しかない顔で梅井さんの叫び声に対応している白百合探偵がいた。喧嘩の様子を傍観している人達の波をかき分け、僕は彼女の前に立つ。

 一瞬、昨日の地獄が蘇る。白百合探偵が階段から落ちていった映像が頭の中で再生される。そのことで彼が何を言ってくるか分からなかったが、止まれなかった。

 僕は大嫌いな白百合探偵に楯突たてついていた。


「何でそう聞きたくもない真実を明かすんだよ」


 彼は僕の呼び捨てに何の反応もせず、落ち着いた様子で返答した。


「じゃあ、なんて返せばいいんですか。はい、そうですって言って、証拠は出せないから殺人犯を見過ごすようなことはできませんし」

「だとしても、だとしても、だ。疑っているのはいい。証拠を見たくもない人にその真実を見せつけるのは違うんじゃないか?」


 以前の僕も思っていた。真実を隠すことで容疑者の心を救える、と。その人が犯人出ないと思いたいのなら、その僅かな希望すら奪い取らなくてもいいのではないか、と。


「普通の一般人なら言わないでしょうね。でも、わたしは探偵です。探偵はちゃんと真実を伝えるべきでしょう。真実から逃げるべきではないと思うのですが?」

「で、でも!」


 次の一秒、僕の声は彼の言葉の前に弾け飛ぶ。


「あのさ、後から容疑者がその真実を知るんですよ!? 事件が起こった後すぐに知った事実ならば、探偵が、刑事がその人達の言葉を聞いてカウンセリングができる! その心を理解して、何とか落ち着かせることができるかもしれません!」

「えっ?」


 彼が放った意外な言葉にこちらの心が崩れ去る。適当な発言でこの場を誤魔化すか、僕に昨日のことで脅しをするか、そのどちらかを使ってくるはずだと思っていた。


「後でその真実を不意に知ってしまったら? そこは周りに誰もいない。刑事も探偵も、ね。そこで悲しんで悲しんで。何かで傷付くことが分かってるなら、最初に血を吐き出させて、そこでそのまま治療をさせてやった方がいい。それとも何か? 後のことは、自分が真実を隠せば、その後の容疑者の人生が全てうまくいくと思ってるのか?」


 僕に重い言葉をぶつけた途端、彼の澄ました顔が消えていく。今、あるのは下手なことを口にした僕への怒りだった。


「い、いや……そういうことを言ってる訳じゃあ」

「いいや! 君はそれだけじゃないですか! 目の前で誰かが傷付くのを見たくないだけです。目の前でハッピーエンドにして……後は自分がいなくなるだけ。事件の最中に自分が語った真実でどれだけ傷付いたことなんて、誰も考えない。汚い……汚い、汚い汚い汚い汚い汚い!」

「えっ?」

「汚い汚い汚い汚いっ! 汚すぎるっ! 君は探偵嫌いだって言うけれど、よく探偵嫌いなんて思えるね!」


 刺さった。

 アズマなんかよりも正論だ。正論から生まれた刃が僕の喉を、腹を、足を、心臓を切り裂いた。

 何も反論できず、その場に崩れ落ちていく。続けて、白百合探偵は語る。


「真実を見ましょうよ」


 今の彼に怒りは感じ取れず。梅井さんは僕の肩を擦りながらも、情緒不安定になっていた彼を見つめていた。


「今のは、何なの……?」

「ああ、失礼。取り乱してしまいましたね。ちょっと思い出し笑いならぬ、思い出し憤怒をしてしまっただけです。ちょっと怒り過ぎちゃったかもしれません」

「……何があったの?」

「ちょっとね。その話は被害者のプライバシーに関わりますし。今度こっそり聞いてください。事件が終わった後で」

「そう……」


 僕は自分自身のためだけ、梅井さんが事件の真相を聞かずに済んだという自己満足のためだけに滅茶苦茶なことを言っていたのだ。

 無力で汚い自分が嫌になっている最中、白百合探偵は更に語る。


「でも、真実をちゃんと目を合わせれば、とても素敵なことが分かることだってあるんです。今回のことも、ね……」

「えっ?」


 目を見開いている梅井さんに彼は動機についての推理を話し始めた。

 

 

 

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