Ep.9 え? うん、そう。
ここで荒山さんの容疑が浮上した。今、僕達は梅井さんが犯人だという説に熱中して他の状況が見えていないのかもしれない。
だから、月長さんの話は助かった。僕から続きを話すよう、頼んでいく。
「どういうことか詳しくお願いします」
頭を下げると、彼女は「その前にぃ」と付け加えた。
「その話を理解する前に、美樹の失語症について話すね。その方が動機に対して理解しやすいし」
「では……失語症って病気のものだったんですか?」
尾張さんが声を出せない理由についての説明をお願いした。プライバシーに関わる話をぐいぐい聞きに行くのは気が引けるが。こうしてお喋りが好きなタイプの人が話してくる場合なら、気が楽だ。
僕の質問に月長さんは少々暗い顔で横に首を振り、「心的外傷後ストレス障害」のことを語り出した。
「美樹は事故で声が出なくなっちゃったんだ。って言っても、事件が起きたのは三年前と半年っ位前かな……高校生の頃。彼女も歌手を目指して、その日は事務所の面接の日だった……。ある人が車で送りに出たんだけど……居眠り運転の車が前からやってきて。避けようとしたけど、遅く……ぶつかって……車は火の海に……」
知影探偵が真っ青な顔をして聞いていた。想像するにも恐ろしい情景だ。その中に尾張さんがいたというのか。
月長さんの話は続く。
「で、運転席で送ってくれた人はぶつかった際に首がひしゃげて……即死だった。彼女も衝撃と大火傷で重体……そして、目に焼き付いているんだって。隣で血塗れになった、運転手の姿を」
途中で知影探偵が口を挟んだ。どうやら、運転手のことが気になったらしい。
「運転手って……。何でそんな言い方を。親じゃなかったの?」
月長さんは梅井さんの家を見ながら、こう言った。
「……妹に先にデビューをされて焦っていた、プラムンの姉……メイさん……だよ」
彼女はそのことを思い出したようで、目から涙をぽろぽろ落としながら、話し始める。気掛かりで僕が話を止めようとも思ったけれど、月長さんは「大丈夫だから……」と言って、事故の詳細を教えてくれた。
「彼女は一緒に面接を受けようとしてて。そんな日に亡くなって。それで一人生き残っちゃった美樹は怖い上に、どうして貴方が生き残ったのって感覚に襲われたんだって……」
僕の胸が締まるように苦しかった。月長さんの涙があったから。尾張さんの心中を察したからだ。彼女は人を見る度、「自分が何故生きているの」という疑問に襲われ、何度も悩んだに違いない。
ここから彼女は何回か話せるようにはなっていたと、月長さんは語る。
「リハビリもして、何度も言葉は出た……でも、また人の視線や事故のことを何度もフラッシュバックして、治ったと思ってみんなが喜んでたら、また喋れなくなってしまう……苦しんでたんだよ。本人も喋りたくなくて喋んない訳じゃないのに!」
気付けば、彼女の声がかなり感情的になっていた。悲しみの涙が怒りの涙に変わっていた。
「みんな、どうせ甘えって。喋れない方が楽だから、そのふりをしてるだなんて言って。ふざけんなって話! 優花の親友を何だと思ってるの!? 彼女を何だと思ってるの!? 彼女は辛い目に遭ったんだよ! それなのに……!」
彼女が更に叫ぼうとしているところへ知影探偵が近寄った。すぐさま肩に手を置いて、彼女を
「落ち着いてください。分かりました。探偵としてたくさんの人を見てきて……それが本当に辛いことだとお察しします。その悔しさも怒りも悲しみも全部、ワタシ達が終わらせますから……そこからどう荒山さんの動機に繋がるか、教えてくれませんか?」
そう言われた月長さんは震えることをやめ、指で目に浮かぶ涙を拭っていく。それから感情の暴走について謝罪し、新たな情報を話してくれた。
「ああ、ごめんね。そうだね。荒山の話をしないと。荒山はそんなリハビリをしている最中に美樹を救った人なんだよ……心の支えになってくれた人、かな」
そこで僕が疑問を唱えさせてもらう。
「あれ……何か動機と離れているような……救ってくれた人なんですよね。救おうとした人を殺害する理由にならないですね」
「話はまだ続くよ」
「あっ、すみません」
「でも、たった一人。そういった愛をつぎ込んでくれた人だったから、美樹は執着しちゃったの。最初のうちは恋人のように見えて。見てるこっち側からも本当に微笑ましいと思ってた……でも、違ったの。美樹はただ、愛されるだけじゃ、物足りなかった……心の穴が埋まらなかった」
知影探偵は何度も頷いて、「そういえば……」と思い当たるところを語っていた。
「荒山さんが一人、『美樹が来たのか』って大袈裟に驚いてたけど、そういうことだったんだ。彼女だったけど、あんまり一緒にいたくない存在だったから」
彼女の言葉に月長さんが付け加えていく。
「そうそう。まぁ、彼女と言っても荒山はもう『交際は終わった』って言ってるんだけどね。まぁ、別れたがって仕方ないところもあったのかも。夜も昼も在学中もプラムンの曲を編集している時ももう電話やメールを打ちっぱなし。と言うか、もうプラムンと曲の打ち合わせをするだけでも文句を大量に言われて、時々死にたがるような様子を見せるって困ってた……」
彼女の話からだいたい荒山さんに関する動機が理解できた。
自分に対し、様々な欲を求めてくる尾張さん。荒山さんが今後の生活に支障が出ると感じ、逃げようとしていた。それでも彼女は逃がしてくはくれず、ずっと自分に付きまとってくる。そこに恐怖を感じ、酒を飲んだついでに殺人を決行した。
恋愛トラブルが動機の殺人なんて、よくある話だ。僕はそこを飲み込んで、月長さんの情報提供に感謝した。
「ありがとうございます。取り敢えず、その情報を飲み込んで荒山さんがもっと何か怪しいところがないか、などを調査することにしてみます」
僕がハッキリ出した声にこちらを通り過ぎようとしていた車が、すぐt離隔で急停止した。何処かで見た車だと思ったら、見覚えしかない女刑事がやってきた。
窓が開いていたから、こちらの話が聞こえていたみたい。
捜査一課強行犯係であり、僕達に幾度となく協力してくれる、赤葉刑事の登場だ。
「あっ、君達も調べてるんだよね。この事件……だけど、荒山くんって子のことは調べる必要がないかも」
月長さんが刑事がこちらにやってきたことに対し驚いている間。赤葉刑事と仲が良い知影探偵は発言の意図を問うていた。
「どういうことです……?」
質問に対する答えは、この事件を大きく揺るがす重要なものだった。
「梅井ちゃんが自首をしてきたんだ……『うちがこの事件の犯人です』って」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます